夏を巡る

水菓子屋

第1話

ミーンミーン……

セミの声が、暑さで疲労した脳へやけに響く。



あぁ、そうだ。



確かあの日も、今日みたいに暑かったっけ。





「あっつい…こんな日に野外ライブとか正気?コホッ」


息を吸うと喉を火傷しそうな暑さに少しむせった。


口に出すともっと暑く感じそうで黙っていたが、耐えきれずつい出てしまった言葉にメンバーの1人が反応し、こちらを見て言った。


「暑い言うな、余計暑くなる」


…考えていた事はどうも同じらしい。

けど仕方ないだろ。

こんな暑さ、我慢出来るはずがない。



芹沢綾人17歳。

オレはとある駆け出しのアイドルグループに所属していて、今日は都内で開催される小さな野外イベントへパフォーマンスをしに来ていた。何名かのアーティストが集まり行われるため自分達の出番まで小説でも読んで待っていようと思ったが、まさか控えも外だとは思っていなかった。

小説を持つ手も、次第に汗ばんできている。


「大体お前はまだそんな本なんて読んでいられるんだから平気だろ!俺はもう死にそうだよ‼」

暑さに悶えているメンバーとは反対に、余裕そうな別のメンバーが続けるように言った。


「綾ちゃんいつも小説読んでるよね、俺もたまに読むけど 綾ちゃんが読んでるやつくらい分厚いのはさすがに読めないなぁ、凄いね」


「俺は活字自体が苦手だわ、夏と同じくらい苦手」



…そんなの、オレだって





「別にオレだって、夏も小説も好きじゃない」




不思議そうな顔をしているメンバーを横目に小説のページをめくろうとすると、スタッフさんの声が聞こえた。


「間もなく出番です!スタンバイお願いします!」


座っていたパイプ椅子の上に本を置いて、準備へと向かった。




「それでは続いてのグループに登場して頂きましょう!どうぞ~!」

司会者の声に招かれて舞台へ上がる。

風が汗をかいている額に当たり気持ち良かった。


想像していたよりもお客さんの声が響き、歓迎されている雰囲気に安堵しつつ客席を見渡した。


その時


一瞬、思考が止まった。




ふと視線をそらした先に「あいつ」がいた。




嫉妬する程綺麗な栗色をした髪も、白い肌も

何もかもがあの時のままで。



メンバーとお客さんの声にハッとする。



すぐに調子を取り戻したが、いつもと比べ表情が強張っているのが分かる。



「ありがとうございましたー!」


歌を歌い終わり、客席に手を振りながら舞台を降りた。

様子がいつもと違う自分をメンバーが気にかけるような目で見ているのが分かったが、上手く応える事が出来なかった。



「あいつ、なんでこんな所に…コホッコホツ」




あの夏の日が反射して、暑くて、苦しくて


また少しむせった。




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