第56話 探索

 恭也の合図で試合は始まったがお互い一歩も動かなかったと、いうより動けなかった。月島さんの方はどうなのか判らないが。


 試合の始まりと同時に業の盾は発動させているものの月島さんも一向に攻撃してこない。


 月島さんと対峙して試合が始まった途端、伝説の武人と言われた人の闘気なのか、業を持つ俺が気圧された。武人の異様な雰囲気を察した俺は何をどうしても勝てないと感じた。事実、業無しではどう足掻いても勝てる相手ではない。


 業を教えてもらってから何かを怖いと感じたことなど無かっただけに、流石伝説の武人だと感心した。


 膠着状態は三十秒も続いてはいないが、俺は盾を頼りに月島さんに突っ込む事に決めた。

 俺は一旦よそ見をしてから右の拳をわざと大きく振りかぶって月島さんの顔を狙った。もちろん何の恨みもない月島さんなので天国だけで地獄は使わないと決めていた。


 分かり切ってはいたことだが、俺の拳は思いっきり宙を切り、俺の左顎に月島さんのカウンターが綺麗に完璧なタイミングで見事に決まった。


 俺は月島さんから一切目を逸らすことなく、左の拳で彼の右わき腹を殴った。月島さんは満面の笑顔のまま床に崩れ落ちた。


 掠るだけで相手を昇天させる矛を頼りに、当たる筈もないと、ただ掠りさえすれば良いと思っていた左の攻撃がまとも決まった事に少し驚いた。俺の左顎を完璧に捉えた事に対する油断だろうか。本当に呆気なく終わった筈なのだが大量の汗をかいていた。


 振り返るとみんなは目を丸くして呆然とこちらを見ている。俺が笑顔を見せるとやっと涼介たちも笑顔になった。


 横の恭也を見ると驚いた顔で俺を見ている。

「お前、強いとは思ってはいたけど、こんなに強かったの? 月島さんのカウンターが顎に当たったように見えたけど、あれ避けたのか? 」

 恭也が目を見開き素直に感嘆している。


 後ろで涼介たちの歓声が上がる中、笑顔で気絶する伝説の男を見下ろしながら俺は、業で倒した後ろめたさもあり、何十年と修行を続けてきた月島さんに対し申し訳ない気持ちになった。


 白目を剥いて笑っている姿は勝利を確信したからなのだろう。気が付いた時どれほど落ち込んだ気分になるのだろうか。俺は罪悪感で伝説と合わせる顔がない。正直、彼が目を覚ます前に帰りたいと思った。


 涼介たちが駆け寄って来た。

「ハルぅ、お前は、もはや呂布じゃなくて項羽だな。お前惚れ惚れするぜ、コノヤロー」


「いいから今のうちに探そうぜ」

 俺は後ろめたさを隠すように、みんなを急かした。

「いやいや、待て待て、さっき迄の余裕ブッこいていたこの人、結局なんだったの? 笑顔のまま気絶するこんな人が本物の伝説ってことでいいの? 」

 涼介が言う。


「満面の笑顔だけど、天国に行っちゃったんじゃないだろうね」

 夏目が心配そうに言う。


「フフ、良かった無事で」

 里香ちゃんが笑顔を見せた。


「いや、ホント。十五分ほどで目を覚ますと思うよ」

 俺が言うと、恭也が

「どうする取り敢えず縛り上げるか? それとも車で、もの凄く遠くまで運んで、置き去りにして時間を稼ぐか? 」

 涼介が提案する。


「馬鹿野郎! どっちも無しだっ! 取り敢えず誰かが看病するふりをして見張っておいて、他全員で家探しするぞ! 」

 恭也が全員を指揮した。


 俺たちは舞ちゃんをその場に残して全員バラバラになって壁画の手掛かりを探し始めた。舞ちゃんはもし月島さんが目を覚ましたら自信満々に上手く誤魔化しておくと言っていた。


 俺が探し始めた別棟はどうやら月島さんの住んでいる館のようだった。


 建物の中にはリビング、台所、寝室と書斎があった。俺は寝室から探し始めたが特に怪しい物は何も見つからなかった。ただ家族写真が机の上に飾られているのが気になっただけだ。


 月島さんには奥さんと娘さんがいるようだ。机の上の写真立てには旅行先で仲良く三人笑顔の姿が写っている。娘さんは中学生くらいだろうか中々の美人である。三人とも幸せそうに笑っている。


 今は外出中なのだろうか。いきなり帰って来やしないかと少しドキドキする。


 俺は書斎に移動して本棚を素早く見ていく。本棚には格闘技や武術の本ばかりが並ぶ。長年続く古武術家も新しい武道などにも興味があるのだろうか? 


 押入れや物置からも、もちろん壁画などは見つからないし、それらしき手掛かりも無かった。


 机の引き出しを開けようとしたその時、携帯の着信が鳴り、一瞬ドキッとした。

 恭也からの連絡で一度さっきの場所へ集合することになった。


 戻る前に取り敢えず引き出しを開けるとでっかい大きな鍵があった。鈍く金色に光る長さ二十センチ程の巨大な鍵。どうしようか迷ったが取り敢えず放って置いてみんなと合流した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る