第55話 武人、月島省吾

 月島さんはムスっとした顔で「道場着に着替えて来ます」と言うと踵を返し奥の部屋に入って行った。「最初から着替えとけよ」と誰も言わなかったが、この場の全員が思っていたはずだ。


「オイオイオイ、怒らせるつもりじゃなかったのにぃ名人のせいだぞ! オイィィ」

 俺が慌てて騒ぐとみんなゲラゲラ笑いだした。

「もっと個人的な事を聞いて欲しかったんじゃないかな、あの伝説の人」

 里香ちゃんが教えてくれたがもう遅い。

「いや俺、てっきりあの人、雲雀の里の見どころとかそう言うの聞いて欲しかったのかと…………まあ良いや、ハハハ」

 俺は言い訳がましく話した。


「いや、あの伝説、絶対自分自身の事を聞いて貰いたかったんだって! いかに自分が凄い人物かってのアピールしたかったんだろうな。ずっと彼女たちの事を見てポーとなってたからな」

 涼介が里香ちゃんと舞ちゃんに親指を向けた。いや、伝説の達人がそうなってはいない、とは、言い切れない。

「こんな可愛い娘たちを生まれて初めて見たってか? こんな里じゃ中々会えないだろうからな」

 恭也が少し馬鹿にするように右手の平を上へ向けた。恭也の一言に彼女たちは照れて、恥ずかしそうに笑っている。彼女たちの好感度をサラッと上げにかかる恭也に驚異を感じた。


 俺たちがどこを探すか話しているとバタンと勢いよく奥の扉が開き機嫌を直した伝説が道着に着替えて笑顔で現れた。流石の伝説、道着が様になっている。

「やあ、みなさん、お待たせしました! 」

 先程の不機嫌な態度を取り消すかのように明るく振る舞う。


「月島さんはどのように毎日を過ごされているのですか? 」

 全く興味は無いが、みんなが言うように個人的な質問をしてみた。


 武人月島は俺をチラリと見ると、俺の質問は無視して部屋の隅で準備運動を始めた。今更、媚びても、もう遅いという事か。涼介と恭也が声を抑えて笑っている。


「伝説の武人だからといって、人間が出来ているとは限らないんだな」

 夏目がポツリと独り言を言った。準備運動中の伝説の動きがピクリと一瞬止まった気がした。


 柔軟ストレッチの後、高速シャドーを繰り出した伝説は再び機嫌良く話し出した。

「さてと、今日は期待しても良いのですかな? 私より強い人間に出会ったことがないのは仕方ないとしても、いつも期待外れで直ぐに終わってしまって虚しくなるのでね」

 武人は自信たっぷりに自慢気に余計なことを話す。この場にいる全員が素直に武人の言葉に耳を傾けているのか、みな押し黙っている。


「では古川くん、始めましょうか」

 月島さんは訓練部屋の真ん中に立つと無表情で俺に言った。

 俺は返事をすると、まだ心の準備が出来ていないまま月島さんの前に行き正面に立った。


 彼は無言で俺のことを上から下まで観察し始めた。

 そして俯いて呆れたように首を振り溜め息を吐くと同時に話し始めた。

「ハァ、こんな言い方したら失礼だと言うことは分かっているが敢えて言わせてもらうよ。

 君がここに着いてからずっと観察しているが、私に今まで挑んで来た人間の中で君からが一番、強さを感じられない。

 今もう一度君のことを冷静に見てみたが、正直ガッカリを通り越して怒りさえ感じるよ。まったくもって時間の無駄だったと」

「はあ、まあ、そう言われましても申し訳ありませんとしか言いようが無いんですけど」

 俺は面倒くさいなこの人と舌打ちをしそうになった。だが流石の伝説、俺の実力をしっかり見抜いているようだ。


「始まりの合図は誰か出してくれるの? 」

 武人月島は俺の後ろに声を掛けた。


「じゃ、僕が合図を出します」

 恭也が澄ました顔で俺たちの隣までやって来た。俺と武人の間に立つ恭也。武人と恭也と比べると背丈は同じくらいだが体格は圧倒的に恭也を凌駕する偉丈夫だ。

 ストーンゴールドジムの連中くらいの体格だが彼らよりも遥かに強いのだろう、俺には全く分からないが。


「最後に言っておくけど、君はどうやっても私に勝てないんだから後悔しないよう最初から全力で掛かって来ることをお勧めするよ」

 武人は気持ちよさそうに言った後両手の平を上に向けて戯けるような顔をした。余程の自信の現れか武人月島は笑みを隠さない。


 俺が後ろを振り返ると里香ちゃん、涼介、夏目、舞ちゃん、全員もれなく不安な顔をしている。俺は大丈夫だと彼らにニコリと笑いかけた。


「業を使うお前に一対一で勝てる奴はこの世に居ないぞ。一分間、いや今はそれ以上の時間無敵のお前は、防御しなくていいのだから、ただ前に出てガードの上からでも構わず殴るだけでいいのだからな。

 それにどんなに避けるのが上手な奴でも攻撃と同時に避ける動作をする事は不可能なんだから。

 まあ合気道だけには気をつけろよ。五分くらいずっと投げられ続けた挙句、業の使える時間が終わったらお仕舞だからな。試合前に勾玉を握り絞めろよ。俺との師弟の証なんだからな」

 俺は南田師匠の言葉を思い出していた。


 恭也が俺の顔を見た。俺は頷いた。

「では、はじめっ! 」

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