第54話 伝説の男

 伝説の武人の現在状況など結局のところ着いてみるまでは解らないし、どうする事も出来ないので取り敢えず雲雀の里へと向かった。ただ伝説と言うくらいなので弟子は沢山いそうなものだが。


 道場に着くまでの車の中、夏目は今迄の俺の戦況結果を終始恭也と涼介に語っていた。俺は恥ずかしく思ったが恭也と涼介が聞きたがったので夏目の話は止まらなかった。


「お前、その無敗の伝説の男とお前の中で無敵のハルを決闘させてどっちが強いか見てみたかっただけだろ? 」

 恭也が言うと、夏目はあっさりと認めた。

「バレちゃいましたか、ヘヘ。でも見たくないですか? 」

「見たいな」

 恭也と涼介が同時に言った。

「あと、夏目の空手部の話と格闘ジム、それから植物園の話を聞いていたら見たくなったよ。無敗伝説と無敵のフリーター対決は是非とも観戦しておきたい夢のカードだな、うん」

 涼介が言う。

「言っとくが俺は会社員だぞ! 臨時社員だけれども」

 俺は振り返り返らずに言った。俺の言葉に恭也が楽しそうに笑う。


「俺たちも高校からの付き合いだけど、この間の居酒屋で見たのは凄かったからな。なあ、恭也。まるでゲームの強キャラが雑魚キャラたちを蹂躙しているみたいだったよな」

 涼介は俺の言ったことを聞き流し、恭也に話しかけた。

「そうだな、クリアした二週目のキャラが最初の雑魚とやってるみたいな感じだったな」

 恭也も嬉しそうに話す。

「強くてニューゲームですね」

 夏目がタイミング良く補足する。


「ハルくんよりやられた相手の方がゲームのキャラクターみたいだったよ。痛そうに痙攣していて」

 里香ちゃんが付け足した。


「植物園では相手が二人とも面白いくらい気絶していたよね」

 舞ちゃんが愉快そうに話す。


 みんなの会話の内容が少々ズレてる気もするが、なんだかんだ仲良くなったみたいだから良しとしよう。



 田畑と緑いっぱいの自然が広がる、雲雀の里に着き、地図を見ながら道場を探すとやがて石段続きの上にそれは見えた。


 雲雀の里に唯一残存する古武術道場は大きなお寺のようにそびえていた。伝統と伝説の道場の姿に圧倒され俺たち全員が息を呑んだ。


 石段を上がると正門の横には天拳流月島てんけんりゅうつきしま古武術道場と大層立派な大看板が掲げられていた。


 俺たちが全員で呼びかけながら入ると、出迎えた主人は体格こそ大きかったが、意外にも端正な顔立ちの四、五十代の男性だった。そしてもっと意外だったのはスーツ姿でネクタイもしていた。

 俺たちの方こそ誰も正装などしていないことを後悔した。

 門番や弟子でも迎えに寄越すのかと思っていたが、この人こそが伝説の武人なのだろう。ただならぬ迫力がある訳ではないのだが、この人だと確信できた。


「ようこそ遥々! 」

 道場主は明朗快活、爽やかに挨拶する。俺たちは遥々というほど遠くからやって来た訳ではないのだが歓迎されているようなので誰もその事には触れなかった。ただ一人夏目名人を除いては。


「電話でも申し上げましたが、我々は隣の県から来ただけで、それほど遠くからやって来たわけではありませんよ。それに僕とこちらの秋吉に至ってはウグッ」

 涼介が夏目の喉に地獄突きを入れた。


 伝説の武人は喉を押さえ苦しむ夏目を見た。

「私が道場主の月島 省吾です。君が電話してきた、夏目君だね」

 伝説がニコリと笑った。そして恭也を見て

「それから君が私と試合する古川君だね、フフ」

 と低く良く通る声で言った。


「すいません、僕が古川です」

 俺は、思いっきり間違えた伝説のプライドを傷つけないよう恐る恐る言った。恐らくこの中で恭也が一番強い人間に見えたのだろう。

 もし業がなかったら俺などザコの中のザコなのだから間違えるのは無理もないだろう。


「フム、そうでしたか」

 月島道場主は別段気にも留めない様子で俺たちを中へ案内した。


「俺は怖そうな脂ぎったヒゲオヤジを想像していたんだけどな」

 稽古部屋に案内されている途中、歩きながら涼介が小声で耳打ちしてきた。俺も南田師匠のような人物像を想像していただけに少し拍子抜けした。


 稽古場に着くまでかなり道場内はかなり広く別館もいくつかあり、これは手がかり探すのさえ苦労しそうだなと感じた。


 稽古場に着いたが沢山の弟子どころか誰も部屋で待ってはいなかった。稽古部屋は広く、木の床と壁で剣道道場のようだった。奥にもう一つ扉があり更衣室でもあるのだろうか。


 俺たちは部屋を見回した。涼介が念の為、確認をとる。

「あの立ち会い人の方などは、来られないのでしょうか? 」


「ええ、弟子などもいませんからね」

 月島さんはニッコリ笑うと更に話し続けた。

「弟子などをとると自分の鍛錬する時間が少なくなりますから。まあ鍛錬といっても私は精神の鍛錬が主ですが。

 同じくらいの強さの弟子を育ててお互いに切磋琢磨した方が良いなんて考えもありますが、私のレベルにまで到達出来る者が果たしてこの世界に何人いることか」

 武人の話し方は丁寧だが、かなりの自信と自慢も少し入っていた。そして伝説の人は良く喋るのだなと思った。


 俺は素直に武人の話しを聞く振りをしながらも物色する場所を色々考えていた。


「さて、いつ始めましょうか? 私はいつでも構いませんが、何か私に質問など有れば出来るだけお答えしますが」

 月島さんはニコニコしている。

 別段個人的に聞きたいことなど何もないのだが、この人いつも一人だから試合するよりはむしろ話すことに飢えているのだろうか? それとも試合前にこちらの動向を伺っているのだろうか。


 俺の後ろから夏目が大声で訊ねた。

「鳳村の壁画を代々守っていたと聞いたんですが? 」

 夏目の問いに伝説の男は一瞬眉を曇らせたが、直ぐに笑顔で答えた。

「ええ、先・先代前の道場主の時に任を解かれたと聞いています」

 笑顔の月島さんにさらに、夏目が訊ねる。

「それで月島さんは恨みに思う、ふぐぅ」

 調子に乗り出した名人の首に恭也がチョップした。


 俺は、南田師匠に買って帰る為のおすすめの地酒の銘柄を聞いてみた。俺の質問は夏目の質問より月島さんを怒らせたようだ。彼の顔から先程までの笑顔が完全に消えている。




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