第53話 雲雀の里へ

 次の日、歌川さんは謝罪をしに俺の研修部屋までやって来た。

 彼女はシュンとしながらも「こんどは必ず私がお支払い致しますので、もう一度歓迎会を開かせて下さい」と言い残し仕事に戻って行った。

 今度はお酒に酔って絡まないでもらいたいものですな、と俺は心の中で歌川さんをからかった。


 それから研修は週末まで続き歌川さんに会うこともなく伝説と対峙する土曜日がやって来た。


 恭也と涼介が六、七人乗れる程の値段がバカ高そうな大きな車で俺のアパートまで迎えにやって来た。

「うーい、今日はいい天気だな。まさに伝説殺し日和だな、ええ、なあ、おい、ハル! 」

 涼介が相変わらず調子良く話す。


 恭也の運転で夏目を拾いに大和相国寺駅に向かった。車の中でも涼介は後ろの席でふんぞり返って助手席に座る俺を冷やかした。

「今日がもう一つの伝説の始まりか? ん? 」

「勝ったら呂布って呼んでやるよ」

「武人の次は仙人でも倒すのか? 」

 などと下らない事を喋り続ける涼介に俺は舌打ちのみで返事を繰り返した。


 恭也は前を見て運転しながらも

「お前ちょっと黙ってろよ、涼介! ハル、ヤバかったら直ぐに降参したらいいからな! 最悪全員で飛び掛かって縛り付けて、家探しすれば良いんだから」

 と俺を気遣ってくれた。


「え? ヤバかったらって、何だよ。ホントの話だったのか? 」

 涼介は驚いている。

 恭也が呆れたように溜め息をついた。俺は後ろを振り返って涼介を見た。涼介はやっと本当の話だと理解したようで身を乗り出した。

「おい、マジか! いくらなんでもダメだろ! お前、伝説って言われるくらいだから話半分にしても年寄りのヒグマぐらいは強いんじゃねえの。お前なんかが勝てる相手じゃないだろ! 相手がどんなのか見てないけども」

 涼介が今さら心配して騒ぎだした。


「それはそうとお前ら会社は順調か? 」

「ったりまえだろ! なあ恭也」

「おお、何とかなりそうだよ。後は壁画を見つけないとだな」

「サオリは上手い事やってるか? 」

「おお、良い娘を紹介してくれたよな、涼介」

「あの娘、可愛いよなあ」

「あと深見さんとアロハ先輩は? 」

「うん二人とも超優秀だな」

「お前の方はどうなんだよ、ハル」


 三人でゴチャゴチャ喋っている間に待ち合わせ場所のコンビニの駐車場に着いた。

「ちょっと早く着きすぎたな。中で飲み物でも買っとくか? 」

 車のエンジンを切り恭也が言う。


 俺たちが車から降りると夏目が里香ちゃんと恋人の舞ちゃんと駅方面から歩いて来るのが見えた。俺は、里香ちゃんにあわよくば会えるかもとは思ってはいたが、まさか本当に来てくれるとは。


「おーい、ハルイチくーん」

 まだ大分離れた位置から大声で呼びかける夏目。


「あのアホそうな野郎が夏目ってのか? 」

 涼介が目を細めて聞く。

「アホではないぞ。一応、ああ見えて大和大学の学生だからな」

 俺は夏目のために一応弁護した。

「だが、アホそうだぞ。いやそれより、アイツなんか腹立つなあ」

 恭也がポケットに手を突っ込んだまま言う。

「俺も、そう思う。なんか腹立つ歩き方だな」

 涼介が恭也に同調した。


 コイツらの会話のせいで今から雲雀の里までの道のりに不安を感じた。取り敢えず夏目は良い奴だと説明しようとした俺の肩を恭也が軽く肘で押して言った。

「だけど女の子二人は可愛いいなあ」

 恭也は笑顔を見せた。

「それは、間違いないな」

 涼介が真剣な顔で頷いた。


 俺は恭也の一言に俺はドキリとした。

 今のコイツに里香ちゃんを狙われると阻止することは不可能だ。以前なら顔と身長の男、須藤 恭也だったが、今はビーンズグループの会長と言う肩書まで備わったコイツは無敵の英雄みたいなものだ。

 俺が一言いえば恭也は絶対に手を出したりしない友人思いな奴だと分かっているのだけれども。


 三人が目の前までやって来ると恭也と涼介はさっきまでの会話が嘘のように爽やかに挨拶をした。

 夏目は自己紹介すると里香ちゃんと舞ちゃんを紹介した。


 里香ちゃんが笑顔で俺に話しかけた。

「久しぶりハルくん。今日は私も家探しガンバルよ! 」

 里香ちゃんは両手の拳を握りしめながら笑う。なんて可愛いんだろう。


「まさか来てくれるなんて思わなかったよ。ありがとう、助かるよ。家探しガンバルって言い方はあんまり聞こえが良くないけどね、ハハハ」

 里香ちゃんを前にデレデレとニヤケてしまう。

「フフ、手伝いに来るに決まってるでしょ」

 彼女の顔から満面の笑顔がこぼれる。


「紹介も済んだし行く前に、みんな飲み物を買っておこうか」

 涼介が提案して全員でコンビニの中に入った。俺は飲み物を買うまえに店員に断ってからトイレに行った。トイレから出ると里香ちゃんと舞ちゃんはまだ飲み物を選んでいた。


 彼女たちに声を掛けると二人は俺に「車の中でお菓子とか食べると須藤さん、嫌がるかな? 」と尋ねてきた。

「アイツは全く気にしないよ。ジャンジャン汚しゃ良いんだよ」

 俺が答えると彼女たちは笑ってお菓子コーナーに行った。俺はジャスミンティーのペットボトルを掴んでレジに向かった。


 そう言えば外には恭也と涼介と夏目が待っている筈だ。俺は恭也と涼介に夏目の癖のある人格のことを話すのを忘れていたとハタと気がついた。

 商品を棚へ戻すと急いでコンビニの外へ出た。が時、既に遅かった。


 流石の夏目名人。夏目は恭也にヘッドロックをされながら、涼介に脳天をチョップされている。俺は慌てて二人を止めに入った。


 俺は夏目名人のあだ名の由来を話し、夏目はいつでも悪意がない事を釈明し、夏目は良い奴だと説明した。


 二人が怒った原因は何時もの如く名人が二人の逆鱗部分を上手に突いたみたいだ。


「お前らはもう良い大人なんだぞ! 」

 俺は二人を諭しながらも、夏目に初めて会った時、腸が煮えくり返ったのを思い出した。それから俺は頭を抱えている夏目を見た。

「お前は人を怒らせないと死んでしまうのか? 」

 俺は少し呆れ気味に夏目に言った。

 そのまま夏目に説教をしようかと思ったが止めておいた。


 いつの間にかコンビニから出て来ていた里香ちゃんと舞ちゃんが、俺たちを引いた目で見ていた。俺もこの馬鹿どもと一緒の扱いをされているのだろうか? 


「ところで伝説の人は今日も一人っきりなのかな? 道場と自宅は一緒なんだよね、瞬くん」

 里香ちゃんが何気に言ったことに俺たち全員が凍り付いた。

 恭也と涼介を見ると、愕然とした顔で固まっている。夏目に至っては瞬きもせず天を仰いでいる。


 そう伝説の武道家は一人とは限らないしその道場に住んでいるとも限らない。






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