第46話 朝一番
結局、恭也と涼介は朝早く俺の部屋を出て出社すると言い、俺もついでにイシダオオトリビルの近くまで乗せてもらった。
俺が恭也の送迎用の豪華な車から降りるとき恭也も車から降りて俺に言った。
「なんか不思議がするな。こうしてお前とここにいて別々の仕事だけど、仕事して。なんて言うか、上手く言えないけど」
高層ビルだらけのオフィス街で恭也は空を見上げた。俺もビルの間の狭い空を見上げた。
「あったりまえだろ、仕事すんのは! 人間は働くもんだろ。いいから早く乗れ、恭也! 」
涼介が車から半分身を乗りだし喚く。
「うるせえぇ、ガリガリが! 」
俺と恭也が涼介にわめき返し、恭也は「じゃあな」と言い車に乗って行った。俺も二人に「じゃあな」と返した。
それから早朝のオフィス街を歩いてコーヒーを買い少し時間を潰してイシダオオトリビルに向かった。かなり早い時間に着いたので会長はまだ来ていない筈だ。
俺は一度、会長室に行き、会長の不在を確認してから、会長が出社するまで秘書室で待機しようと思った。
まだ出社時間ではない歌川さんと会う事も無いし、もし他の秘書室の人たちが出社していれば自己紹介でもしておこうと考えた。
取り敢えず、会長室のドアをノックしてみると、なんと返事が返って来た。俺が一礼して部屋に入ると会長と秘書の一之瀬さんがいた。
「おー、古川くん早いじゃないの」
会長はもう既に出社して仕事の準備を済ませコーヒーを飲んでいたようだ。絶対に俺の方が早く着いたと思っていたのに。会長の横で一之瀬さんが涼しい笑顔で会釈した。
「歌川さんとは上手くやってるかね? 」
会長はソフアに深く腰掛けて訊いた。
「あっ、はい、まあ、ええ、ハハハ」
俺は愛想笑いでお茶を濁した。それから恐る恐る会長に質問した。
「ひょっとしてですけど、歌川さんは社員になる前からの会長のお知り合いでしたか? 」
俺の話に会長の顔は嬉しそうになった。
「おお、そうじゃよ。彼女はワシの古い友人の孫でね。ワシと彼は武道仲間じゃったんじゃ。彼女は優秀じゃが真面目過ぎるのか桜井くんたちと反りが合わなくての」
会長はサラッと言い切った。言い方は悪いがポンコツを体よく厄介払いする為に俺に丸投げしたんじゃないだろうな。
「ワシの友人である歌川さんの祖父は彼女を大変大切にしていての最後まで心配しとっての」
会長は優しい遠い目をした。
歌川さんの祖父は一人っきりの孫である彼女をとても心配して男に負けないようにと様々な武道を習わせたそうだ。事あるごとに男に負けるなと言われ続けながら育った歌川さんは少し偏向的になり石田会長も心配しているようだ。歌川さんの祖父からも重々頼むと後を託されたそうだ。
会長は真剣な眼差しで俺に話し始めた。
「ワシが何故、君と歌川さんを組ませたのか分かるかね? あの誰じゃったか植物園で異常に人を腹立たせる奴がおったじゃろ。
あんなのと楽しそうに出来ておる君は非常におおらかな人間だと思ったからじゃよ。それから損得なしで秋吉さんを守ろうとする優しさが有る君なら歌川さんを任せられると思っての」
会長は話し終えると愉快そうに笑った。いや笑って誤魔化しているようだ。俺に歌川さんを押し付けた事を。
会長は真面目な顔に戻り話を続ける。
「実際のところ桜井も鮫島も悪い奴ではないんじゃよ。あいつらも歌川さんの事は気に掛けておったんじゃがの。まっ、色々、複雑での」
会長は立ち上がって俺を手招いた。
「ああ、そうじゃった。君たちの新しい課に部屋を用意したんじゃ。
君たち特別対策課だけの部屋を用意したんじゃよ。嬉しいじゃろ? 四十五階に作ったから早速見て来ると良いよ、うん。直ぐに見て来たまえよ、早く。ホレ、これ鍵じゃ。」
会長は興奮して嬉しそうに俺を急かした。最近前より「じゃろじゃろ」と良く言うなと思いながら俺は礼を言うと会長室を後にした。
「二人しかいない課だけど今ならあの部屋、一番乗りじゃぞー」
後ろの会長室から会長が叫ぶ。俺はもう一度振り返りお辞儀をした。
エレベーターに乗り、なんだかんだ本当は期待されていたのかなと思うと嬉しさが込み上げてきた。期待されているからこその四十五階だ、期待されてなければ恐らく地下部屋だろうと勝手に思い込みながら、俺は特別対策課と書かれたドアの前で立ち止まった。
俺の、俺たちだけの新しい部屋だ。 石田会長有難う御座います。
一番乗りの俺は石田会長に貰ったカギを差し込み、会長への感謝の気持ちと共に勢いよく扉を開けた。
勢いよく中へ入ると部屋の入り口で下着姿の歌川さんが立っていた。
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