第44話 夏目の計画

「今、大丈夫だよ。その情報ってどんなの? 」

「ハルイチくん、壁画がある鳳村の近くに雲雀ひばりの里ってあるの知ってる? 」

「たしか何かの道場が有るとか何とかって聞いたかな」

 恭也から初めて鳳村に行く時に聞いたことがあった。恭也も横で聞き耳を立てる。

「良く知ってたね、そんなマイナーな場所」

 夏目は単純に驚いていた。


「大昔は武術の里として有名だったそうなんだけど。剣術家たちや武術家たちが多く集まっていたそうだよ。沢山の道場も有ったらしいし。今では地酒などを作るのが盛んなんだって」


 夏目の説明では雲雀の里の道場関係者たちは、昔鳳村の丘の壁画を守護していたらしい。ただ近代化の波と一緒に、盛んだった武道としての道は廃れていってしまったそうだ。里で一番の古株の一軒だけが道場としてまだ現存しているそうだ。

 いつ頃からか雲雀の里の道場は守護者ではなくなった。何年前か何十年前かは分かってはいないが。

 守護者の任を解かれたからか武術が廃れたから任を解かれたのかは分からない。

 それは石田会長に聞けば分かる事だろうが。


「ねっ、怪しいと思わない? その道場主が逆恨みして、犯人かもしくは盗難に一枚噛んでるんじゃない? 」

 夏目は小賢しい推理を俺に聞かせた。自分自身の嫌疑もまだ晴れていないのに探偵気分の名人は滑稽である。

「それで、どうしろと? その道場主に直接聞くのか? 」

 俺は石田会長に報告するか歌川さんとその辺りを調べるか、もしくは隣にいる恭也に相談するか判断に迷った。


「今の道場主は生きる伝説なんだって。メディアには出ないけど生涯不敗の武道家なんだって」

 夏目は俺の問いかけを無視して続けた。

「ああ、そう」

「どう、興味沸かない? 」

「いや、全然。でも、地酒は呑みたいかもな」

「っんなんで!? 雲雀の伝説だよ、伝説。絶対会いたいでしょ、そんなの」

 夏目は俺の答えが自分の予想と反していたのだろうか、物凄く慌てている。

「俺、格闘技、興味ない」

「ちょっと待って、兎に角、聞いてよ。俺の作戦」


 その道場主は生涯現役、生涯無敗、生涯鍛錬を公言しており強者からの挑戦は喜んで受けるそうだ。そんな道場主、全くと言っていい程知名度は無いが、格闘家たちの中では伝説級に有名人らしい。

 夏目の計画では、その道場主と俺が試合をしている最中、他の仲間が道場の中を家探しして手がかりを見つけるというものだった。


「実はもうその人と電話でコンタクトとっちゃたんだけど。ハルイチくんのこと話したら物凄く食い付いてきて是非とも会いたいって。

 なんとあの伝説がですよ、伝説の方が凄く興味を持ってくれたんですよ」

 夏目は大興奮状態で語り出す。あの伝説ってどの伝説だよ、有った事も無いくせに。伝説に電話は繋がるんだな。


「伝説、伝説って何度も何度も伝説ってなんだよ、お前」

「あったり前じゃないの、ハルイチくん。本当に伝説の男なんだから」


「お前、凄いな。よくそんな役割を俺にやらせようと思えるな」

 俺は正直に名人の人使いの粗さに素直に感嘆した。

「まあ、そこは、ほらこっちも秘密兵器を出さないとね」

「だけどおまえ、勝手に俺のことをさ」

「あれぇひょっとして、ハルイチくん怒ってる? 」

「怒ってはいない」

 俺にとって何故か夏目のことは怒りをぶつけてはいけない対象になっている。


 夏目の計画に乗るならば石田会長や歌川さんと一緒に行動は出来ない。夏目を待たして、俺は隣の恭也にどうするか訊ねてみた。恭也は涼介も連れて行くと言い、大型車を出してくれると言った。

「土、日しか無理だぞ、なんせ会社員だからな俺は」

 長年言いたかった言葉だけに会社員と自分で言った後、少し照れた。

 俺たちは予定を次の土曜に決めて電話を切ろうとした。


「この情報いったい誰からだと思う? 」

 夏目が嬉しそうに質問する。

「だれって、俺の知ってる人か? 」

「なんと南風美術大学の女王、小泉 美咲からだよ」


 電話を切ってから届いたお代わりの酎ハイをゴクゴク呑んだ。

「三島さんからこの間のお前の武勇伝聞いたけど。ハル、その伝説と試合って大丈夫なのか? 」

 恭也のくせに少し心配しているようだ。コイツにそんな顔は似合わないと思った。

「うん、まあ、それは大丈夫だと思うけど、ちょっと涼介の奴、遅くないか? 」


 酔って動けなくなるほど俺たちはまだそこまで呑んではいない。俺たちはトイレに探しに行ったがそこに涼介は居なかった。俺たちは一旦料金を精算して外へ涼介を探しに出た。


 ほどなくして居酒屋の裏の通りから威勢のいい声が聞こえた。

「なあ、恭也。俺、嫌な予感がするんだけど」

「あのバカ、また巻き込まれてるんじゃないだろうな」

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