第43話 居酒屋

「貴方に会う前に会長から桜井と鮫島の二人を同時に相手にしたと、凄い人だと聞かされておりました。

 そしてお会いしてまず私は貴方を頼りなさそうな人だなと思いました。よく無駄口を叩く人だなとも思いました。それから、ずっとヘラヘラしていて人を馬鹿にしているのかと思いました」

 歌川さんが話した後、暫く沈黙が続いた。


「あの………それだけ? 」

「はい、以上です」

 延々と悪口を言われるのも気分が悪いが短いと短いでなんだか複雑な気分だ。俺への余りの印象の少なさに逆にショックを受けた。なんとなく恥をかかされた気分だ。同時に恥ずかしくて俺の顔はきっと真っ赤になっているはずだ。

 彼女にとって俺はただヘラヘラしいてる無駄口の多い頼りない奴。総合すると俺はただの馬鹿ってことか?

「ちょ、ウソでしょ」

「いえ、本当ですが」

 彼女はキョトンとした顔で俺をマジマジと見ている。


「えっと、もっと他に何かないのですか? 」

「今は良い人だと感じていますよ」

 歌川さんは少し笑った。彼女にしては貴重な笑顔をくれた。だけども、“良い人”ってなんて便利な言葉だろう。俺のことには全く興味がないと言うことだけはハッキリと分かった。


 彼女はもう少し人に気を使う事を覚えた方がいいんじゃないだろうか。

 俺がやめようと言ったのにも関わらず、押し通してまでこんな事ワザワザ言うべき事だったか? 

 こと対人面においては彼女の方が俺より随分ポンコツではないだろうか。自分から言いだし始めたプレゼンなのに………。


 その後、俺たちは今後仲良くすること、そして信頼関係を築く事に労力を注ぐという協定を締結して会社に戻った。

 帰りの車の中ではもちろん俺は無言を貫いた。せめて無駄口の多い奴という印象だけでも払拭したいと思ったからだ。


「古川くんは明日は会長秘書見習いの日です。では、お疲れさまです」

「これからも宜しくお願いします。では、お疲れさまです」

 俺たちは一緒に会社を出た。普通なら仲良くなるために夕飯でも誘うのだろうか。だが今日はそんな気になれない。かなり精神的に疲れた。


 アパートに帰り着いた俺はまず冷蔵庫からレモン酎ハイを取り出した。一口呑み、今日の出来事を考えた。彼女と信頼親交協定を結んだものの、これから仲良くなれるのだろうか? 


 少し不安が残るが。これから何の手がかりもない壁画をこれからどうやって探すのだろう、犯人がもう一度盗みに来なければもう壁画は戻ってこないんじゃないのか? 


 そんなことを考えだしていると涼介からの着信がきた。

「呑みにいくぞ、オラ! 須藤会長さまの奢りだぞ、オラ! 」

「随分、上機嫌だけどお前らもう既に呑んで………」

「早く来い! 今すぐ来い、オラ! 」

 涼介は楽しそうに大きな声で俺の言葉を遮る。電話の奥で恭也の笑い声も聞こえる。


 待ち合わせの居酒屋チェーン大天狗に行くと二人はもう呑んでいた。

「お前会長なんだったらもっと豪華なところに連れて行けよ」

 俺はさっき全部飲まなかったレモン酎ハイを頼んで恭也の横に座った。

「例えば? 」

 恭也がニヤニヤしながら聞く。

「さあ、その辺は知らないけど、ビンテージワイン飲ませるとことか? シガーバーとか? 」

 俺は高級店を知らないので適当に言った。

「お前葉巻吸いたいの? 」

 涼介が焼き鳥を俺に差し出した。

「吸いたくは無い」

「なんだそりゃ」恭也が笑う。


「どうなんだよ会社は? 」

 俺は恭也に聞いた。

「まだ改革は始まったばかりだが、俺がいるのに大丈夫に決まってるだろ」

 涼介が代わりに答えた。涼介のことだ適当にやっていそうで、実はしっかりやっているんだろうな。だが、なんだか楽しそうだな。知った人間同士で仕事って。いや俺には参加する資格が全く無いのだけれど、やっぱり羨ましい。


「そう言うお前どうなんだ? 三島さんから聞いたけど」

 恭也は心配そうに聞く。やはり壁画の行方が気になるのだろう。

「今日、日曜日だけど会社行ってきた。あの丘も行ってきた。それから………うん。ま、ぼちぼちだ。大丈夫だきっと見つけるから」

「うん、呑め」

 恭也が俺の酎ハイジョッキにビールを注いだ。

「おいぃー、混ざるだろ、お前ぇ」

「そうだ、呑め! 辛気臭いぞ、会社で虐められたからって、なあ、おい、ハル」

 涼介が枝豆を俺に差し出した。

「いや、虐められては、いない。いないけれども、いないけれどもだ! 」

 俺は初めて歌川さんと会った時のことから今日の出来事まで二人に話した。


「そりゃお前が悪いよ、ハル! 」

 涼介がハッキリ言い切った。

「ちょっ、俺? 俺が悪いの? 」

 俺は恭也を見た。

「森元社長の言う通りだな」

「えっ? 社長なの、コイツ。涼介もう社長になったのか? 」

「んなわけないだろ。本気にするなよ」

 涼介が笑う。

 イヤ、そこは本気にするだろう。何十個とある会社の一つをもう任されていてもおかしくはないと思ってしまった。


「女性にはもっと優しくするんだよ! 特に歌川さんにはな。その人の事知らないけど」

 涼介が大きな声を出した。

「俺が? 俺は優しい方だと思うんだけど………」

「お前の優しさ足りないんじゃないのか? 歌川さんにはな。お前は思いやりの心を持って接していたか? 」

 恭也は笑う。

「思いやりの心は………ってお前ら何いってんの? 初めの方なんか取りつく島もない位だったんだぞ」

「最初の笑顔がダメだったんじゃないか? ちょっと俺たちにやってみろよ」

 恭也がビールをゴクゴク呑んでジョッキを置いた。


 確かにあの時緊張で顔が強張っていたかもしれない。だがそんなことでいきなり冷凍庫に入れられたみたいに冷たくされるのだろうか? 俺はあの時の状況を思い出し、あの時のように二人に挨拶してみた。

「ムカつく笑顔だな! 第一印象肝心だぞ」「お前の笑顔、白々しいな」

「そんな強張った顔の奴と一緒に仕事したく無いと思ったんじゃねえの」

 浮かれた調子で二人は俺をボロクソに言う。

「ハハハ、ふざけんなよ、お前ら! もっと俺を励ませよ! 」

 言ったところで俺の携帯が鳴った。俺は店員におかわりを頼んで電話に出た。


 電話は夏目だった。奴とは二日ほど前に電話で話したばかりだが。俺が話し始めると同時に涼介がトイレに立った。


「よう、名人どうした? 」

「もしもしハルイチくん。今ちょっといいかな? 俺、割と、凄い情報を、手に入れちゃったんだけどー」

 夏目の得意げな声に少しイラッとした。俺は隣の恭也に壁画の件の電話だと教えた。恭也は頷いてタバコに火を点けた。

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