第42話 歌川 凛 3
「俺が歌川さんをどう思っているかですか? 」
俺はただ驚いた。眠気も吹き飛んだ。ずっと続いた沈黙のあと、やっと話したかと思えば、また面倒くさい事を言いだしたなと感じた。
「ええ、思っていることを正直に言ってください」
「じゃあ正直にいいますよ。本当にいいですね? 後から怒ったりしないで下さいよ」
俺は思い切って思っていた事を全部言おうと決めた。
「怒りません、誓います」
歌川さんは俺をまっすぐに見つめる。その長いまつ毛の奥の氷の瞳からは誰も逃れることは出来ない。
「分かりました。えーと、初めて見た時、ビックリするぐらい綺麗な人だなと思いました」
「ええっ? あっ、うん、そういう事じゃなくて」
彼女は少し照れたような顔をした。
「ああそれから物凄く綺麗な姿勢で歩く人だなと思いました」
「えーと、そういうんじゃなくて」
彼女は少し嬉しそうだ。
「初対面で感じ悪い人だなとは思ってました」
「うん。確かにそうかもね」
彼女は頷き自分で納得しているようだ。
「それから、最初見たとき顔が無表情で凍り付いた仮面でも被ってるのかなと思いましたよ、ハハハ」
「かっ! 」
彼女の仮面が氷から雷に変化した。面白い表情も出来るのだなと感心した。
「あと澄ました感じで冷たそうな人で付き合いにくそうだと感じました。怖そうな人だなとも感じました」
「ぐっ! 」
彼女はかなりのダメージを負ったようだ。
「あとご飯食べるのが遅いなと思いました。でも俺は歌川さんの食べている姿を見るの好きですよ」
「ちょっ! 」
彼女の仮面が目まぐるしく変化する。
「あと最後に俺の事、嫌いなんだろうなと感じています。まあ俺が仲間の桜井さんをやっつけちゃったからしょうがないとは思いますけどね、ハハハ」
俺が言い終わると同時に彼女は一度目を閉じた後、大きくカッと見開いた。
「今ので全部ですか? 」
彼女から禍々しいオーラを感じる。
「は、はい」
彼女の怒りの雰囲気に飲み込まれた。調子に乗って言い過ぎたかもしれない。
「やっぱり怒りましたか? 」
「怒ってません! ただ、少しショックです」
彼女は怒りを堪えているのか小刻みに震えている。
「えっ? 歌川さんショック受けたりするのですか? 」
「それは、いったいどうゆう意味でしょうか? 」
彼女はムッとした顔をした。
「あっいえ、だって俺みたいなしょうもない奴の言った事ですよ? 」
「私だって傷つきます。いったい私をどんな人間だと思ってるんですか? 」
「歌川さんは俺みたいな薄っぺらい人間の言うことなどには歯牙にもかけず常に冷静沈着で鋼鉄の強い心を持った、そんな人だと勝手に………すいません、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
俺が言い訳がましく謝ると彼女はまた車を走らせた。
空気はさらに重苦しくなり怪我を覚悟で車から飛び降りたくなった。いや業の盾を使えば安全に脱出できるのだけれども。
彼女は冷静さを素早く取り戻し運転を続ける。暫く沈黙が続いた後、いきなり彼女は話しだした。
「はっきり言いますけど、私はあなたのことを嫌ってなどいません」
暫く沈黙が続いた後、いきなり彼女は話しだした。
それから彼女は車を側道端に停め、エンジンを切ると俺へと向き直った。
「私の態度が感じが悪く感じていた事は、謝ります。そういうつもりはなかったのですが。今回、会長から直々に指名して頂いて、だからこそ失敗しないようにと気を張ってしまって」
彼女は俺の目をしっかりと見つめる。美人に見つめられる俺は愛の告白をされたかのように照れてしまう。
「私は秘書室の警備課にいましたが同僚たちとも馴染めずいつも孤立している状態でした。上司の桜井とも度々衝突しました。
男性しかいない課で舐められないようにするために私はずっと肩ひじ張っている状態でした」
彼女は目を逸らさずに話し続ける。このままでは身の上話まで始まりそうな勢いだ。
「そんな時、新しい課を発足させるという話を聞いて私はチャンスだと思い異動願いを出しました。私の異動願いは通りませんでした。
その後、桜井がリーダーとして、鮫島、玉木も一緒に異動になると聞き落ち込んでいました。
結局、会長から特別対策課に指名されてよろこんでいたんです。
古川くんのおかげで二人きりの課になりましたが。そういうわけで私は古川くんを嫌うどころか感謝しています」
いったい何の告白をしているのだろう。俺は彼女に見つめられ、思考が停止しそうになる。
「そう言うわけで私も二人きりの課なので仲良くなりたいと思っています」
彼女は冷たい吐息をもらしながら熱い内容を語った。俺はこの人こんなに喋れるんだと感心してしまった。仲良くなりたいと思っていてのあの態度なのだろうか?
「ただ古川くんも桜井たちのように女の私が警護の仕事をすることが気に入らない人なのかと思っていました」
「俺は誓ってそんな風には思ってません。何故そう思ったのですか?」
「何となく、いつもヘラヘラしているからかな? 馬鹿にされているように思っていました」
「………そうでしたか」
俺が悪いのだろうか。
「私は幼い頃から合気道や空手を習っていたけれど、よく男の子たちに馬鹿にされていました」
彼女は無表情ながらも少し暗い顔になった。俺は段々と彼女の少しの顔の変化も読み取れるようになってきた気がする。小さい頃の彼女の態度に問題はなかったのだろうか? 本当にみんなが馬鹿にしていたのだろうか?
「社会人になってからも同じ部署の人たち、特に男性たちとは上手くいきませんでした」
彼女は視線を下に落とす。
恐らく桜井や鮫島の事だろう。それも歌川さんの態度に問題があるからじゃないだろうかと思ったが言うのは止めておいた。
なんで会長はこんな面倒な人と俺を組ませたんだろう。彼女のこと優秀だと言っていたが、本当だろうか?
歌川さんの話はまだまだ続いた。
彼女は幼い頃に父親を亡くし、母の実家で母親と今は亡き祖父と暮らしはじめたそうだ。
祖父には厳しくも愛情を持って育ててもらったと言う。祖父は暮らし始めてすぐに、男に負けないように強く、一人でも大丈夫なようにと彼女に様々な武道を学ばせたそうだ。
ようやく彼女の長い長い打ち明け話が終わった。その間、ずっと俺は歌川さんの長いまつ毛とガラスのように綺麗な目を真剣に見つめながらも、彼女の話に飽きていたことは内緒である。
話の内容をしっかり聞こうとはしていたのだが、何度か俺の魂は抜け落ちそうになった。
俺としては、仲良く楽しく気まずいことなく仕事ができれば後はどうでもいいのだけれども。
「それでは、次は私が古川くんのことをどのように思っていたか話す番ですね」
「いえ、俺のことは大丈夫です」
俺は歌川さんに手の平を向け、彼女の告白を遮った。
どうせ彼女の凍り付く視線と一緒に冷たく冷酷で辛辣に俺のロクでも無い印象を延々と語られるのだろう。
俺もわざわざ分かりきっていることを聴くほど馬鹿では無い。
「いえ、そういうわけには行きません。せっかく古川くんに言っていただいたのに、私だけが言わないのは悪い気がします。
わだかまりを捨てる為にも思い切って言わせていただきます」
彼女は真面目な顔で両手を膝に置いた。どうしても俺をコテンパンに打ちのめしたいのだろううかこの人は。
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