第41話 歌川 凛 2

「いやー途中で気付いて良かったですよ。この先はもうコンビニ一軒くらいしかないですからね」

 俺は敢えて明るく話しかけながら車に乗り込んだ。

「ひょっとして、来られたことあるんですか? 」

 彼女はもう冷静さを取り戻していいた。

「あっ! ああ、はい三回ほど」

「………そうでしたか」


「あの言った方が良かったですか? 」

「いえ、そういうわけではありません」

 歌川さんの表情に棘が無くなった気がした。俺は丘に三回訪れた理由を所々、伏せながら話した。


「古川くん、身長はどれくらい? 」

「180センチです」

「………」


「古川くん、趣味は? 」

「映画観賞です。大体時間のある時は映画見て過ごしてます。あっ今度、俺のおすすめ貸しましょうか? 」

「………いえ、はい」

 いったいどっちだ?


 さっきの俺の真似だろうか。俺が弁当を買っている間に考えてたんだなと思うと歌川さんのことが少し可愛く思えた。結局、俺が一方的に話す形になっているのだが。

 それでも少しは打ち解けようとしてくれているのだろうと感じ、嬉しくなった。

 敬語が無くなっただけでも進展だ。相変わらず氷の息を吐くように一定の声のトーンと仮面の様に無表情なのだけれども。


 鳳村の駅に着いたので俺は歩いて丘を上がることを提案した。二人並んで歩くと歌川さんはやはり背が高い。彼女の横顔を見ると少しご機嫌そうに見える。


「いい所でしょう、ここ」

「ええ、本当に」

「丘の上の星空は凄く綺麗だったんですよ。後で丘の上で弁当を食べましょう」

「はい」

「ここ散歩するの気持ちいいんですよね」

 相変わらず殆ど俺だけ話している。何だか無理矢理デートに付き合わせた奴みたいになっているな、俺。

「ここの川、夜は危ないと思いませんか? 柵も無くて」

 俺は夜に来た時に少し怖かったのを思い出した。

「そうね」


「この辺りの監視はどうなってんのかな? 」

「盗難の後設置された監視カメラが幾つかあります。盗難事件以来、会社のスタッフも監視に来ています」

 歌川さんは敬語になったり、ならなかったりしながら話す。俺も敬語になってしまう。

 橋を渡り一本道を上がって丘に着いた。俺はまず例の盗まれた壁画跡を案内してそれから他の壁画を回った。

 やはり他の壁画は無事だ。歌川さんは何か考え込んでいる。


 星空を見た丘の頂上のベンチで弁当を食べる事にした。

 丘から下の景色を見ながら食べる昼食は美味しい。俺は直ぐに食べ終え歌川さんの弁当を見ると三分の一ほどしか食べ終わっていなかった。


 俺は歌川さんの口に少しずつ運ばれるおかずを見ながら上品に食べる口元をずっと見ていた。只、食べているだけなのに、ずっと見ていても飽きないくらい不思議な魅力がある。

 少しずつ減って行くおかずとご飯を見て、なぜか昔飼っていたウサギを思い出した。彼女はウサギ程早く口を動かすわけではないが、小さな口で一生懸命に食べる姿から目が離せない。

 ウサギが牧草を食べている姿をずっと見ているのが好きだったなあ。水飲みボトルから小さな舌を出して水を飲む姿を見ているのも好きだったなあ。


「あの、そんなに見られると食べにくいのですが」

「えっ? あっ! ああ、どうもすいません」

 声を掛けられるまで気づかなかったが、俺は彼女の食事風景に完全に見入ってしまっていたようだ。


 四十分ほど掛けてようやく彼女は食べ終えた。その間、俺は彼女に見つからないように何度も彼女の食事風景を盗み見した。


「古川くんはどう思う? 」

 彼女は弁当を片付けながら話し出した。

「盗まれた壁画のことですよね? 会長は複数犯だと仰ってました。それ以外に俺にはさっぱり解りませんよ。ただ、どうやってあんなに綺麗に石の壁を壁画ごと盗ることが出来るのかが不思議だなと思いましたが」

「盗まれてから既に三か月ほど経っている………

 じゃあ、あの壁画だけが目的だったてこと? 」

 歌川さんは一人で考え込んでいる。


「他の壁画も盗む気ならここでずっと監視してるんだし時期に犯人は捕まるでしょうけど」

 俺は考え中の歌川さんに言ったが、返事はなかった。


 なんの収穫も無しに俺たちは丘を下りた。俺は振り返って丘を見上げた。やはりこの丘、好きだな。


 歌川さんはさっさと車に乗り込み、グズグズしてないで早く来いと言いたげに俺を見た。

「いや、すいません、ハハハ」

 俺は慌てて車に乗り込んだ。


 俺がシートベルトを締め終えるのを確認すると彼女は車を発進させた。行きの車の中では少しずつ話してくれるようになったのだが帰りの車では歌川さんはずっと黙っている。


 俺ももう半分あきらめて隣で寝てやろうかと思い始めていた。正直本当に眠たくなり出していた。


 急ブレーキの後道の端に車を寄せて彼女は真っすぐ俺を見て言った。

「古川くん。考えたのですが、やはりお互いここで気持ちをハッキリとさせといた方が良いと思います」

 やっと開いた彼女の口から出た言葉は俺が全く予想もしていないことだった。

「あなたが私をどのように思ってるかは、なんとなく分かります。私も正直に話しますから、貴方も正直に本当のことを言って下さい」

 彼女は段々ムキになってきているように見える。


 俺が彼女の事をどう思っているか正直に言っても良いのだろうか?

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