第11話 不思議な力 (2)

 最強の矛には二種類あり一つは触れたり、掠ったりしただけで相手を気絶させる力。その時に殴った力がそのままのダメージとなる。

 もう一つは、気絶はさせないが殴った力の強さ以上の激痛と相手をしばらく動けなくすると共に恐怖心を与える力。


 一度で両方の効果を与えることも出来る。

 気絶して目を覚ますと恐怖と激痛という訳だ。


 南田さんが言うには恐怖心を与える力が重要らしい。痛みの感じ方はひとそれぞれ違い、人によっては、激痛の中動く事が出来る人間もいるが、完全に恐怖を克服出来る人間などまず存在しない。

 もし厄介な相手に出会っても恐怖で二度と立ち向かおうとは思わないはずだ、と説明された。激痛の痛みは普通の怪我の様に自然に治まってはいくが、平均三日くらいはかなり痛むそうだ。


「最強の盾は物で殴られようが車に轢かれようが拳銃で撃たれようが体にダメージを全く受けない、完全防御の盾だ。

 まあ拳銃は試した事は無いが。一日各、矛三回、盾三回ずつ、若しくは、連続で一分間が限度だな」

 と南田先生は、薬の処方箋みたいな事を言っていた。


「この矛と盾はな、常時自動発動という事ではないぞ。使い始めるぞ、使い出すぞ、という意思が必要だ。

 使う時には頭の中にあるスイッチをいれるイメージをしろ。脳と体と精神を直結させるのだ。

 俺は慣れない頃は掌の真ん中を中指で押す事で本当にスイッチを押す感覚にしていたぞ。右手は矛、左は盾、とかな。それなら拳を握るだけで業が出せるから周りにも、何やってんだアイツ、とはならないだろ」

 先生は手柄を自慢するような顔で胸を張る。


「ところで先生は、その業を使って何かしようと思わないんですか? 」

「ああ、俺は俺の教わった業を、ハルイチ、お前に伝えるだけ。別にお前がどのように使おうと構わんのよ。

 ボクシングのチャンピオンになるも良いし、アウトローになって皆に迷惑をかけるのも良い。だがな、悪い事に使って必要な時に急にその能力が無くなってしまう事って物語では良くある事だよな」

「あります。絶対、決まってそうなります」

 俺はやんわりと釘を刺されたようでギクリとした。


「業には心、気持ち、精神力が一番重要なんだ。精神力を鍛えるには体を鍛えるのが一番だ。

 健全な身体に崇高な精神が宿る、健全な心に強い身体が備わるというわけだな。今の言葉聞いたことが有るだろうが続きがあってな。

 健全なる精神には健全なる身体に宿る、宿ればいいなあとか、願い事はそれくらい質素にしておけと言う意味らしいぞ。


 そういう事で明日からビシビシ行くぞ」

 南田先生の言った願い事はそれくらい質素にしておけという言葉に俺は欲張りすぎたのかとドキリとした。


 体を動かす事は別に構わないのだが、業の先生としては尊敬するが人としてはどうなんだろうという思いがどこかにあるからだろうか、この人と一緒に鍛錬するという事にあまり気が乗らないなとは思った。


「この能力、このわざの名を剛拳と鉄壁と名付けようと思う。殴って気絶させることを天国、痛みと恐怖を与える事を地獄にしよう」

 あまりの業名のダサさに軽く眩暈めまいがしたが何とか踏ん張った。小学生でも、もうちょっとまともな名前を考える事が出来るだろう、が、誇らしげに語る先生にはとても言えなかった。


 これからずっとそう呼ばなければならないのかと思うと少し気が重くなった。

「あのその名前、先生が名付ける前は何と言う名前だったんですか? 」

 もしかして昔の名前の方まだましかもしれない、俺は一縷いちるの望みにかけた。


「いや業の名前なんて何だっていいんだ、俺たち自身が分かりやすければ。だからこれから練習や業の説明の時に分かりやすいように決めておいた方が良いだろう? それから自分で業を出す時に頭にイメージし易いように必要だからな」

 俺の気持ちを読み取ったかのように、先生は名前の大事さを語ったと同時に元の業名の事をはぐらかした。


「どのくらいの期間で、僕は何時からその業を使える様になるのでしょう? 」

「もう既に使えるはずだが」

「訓練とかしなくていいのですか? 」

「勿論するぞ」

 呆気に取られた俺に、業は説明を聞いた時点で既に使える様になっているということだ。だけど、もしプロ格闘家やボクサーなどを相手にしたら拳が掠りもしないまま業の使える限界を迎えた場合に危険なので武術の訓練はした方が良いだろうと、明日からこの俺だけのための個人道場として南田屋敷に通う事になった。


 俺がボクサーやプロ格闘家と戦う日なんて永遠に来ないであろうが。


「この業の一番大事な要素は精神力だ。使いこなすには力でも速さでも体力でもないぞ。勿論全部重要だが。

 気持ちで勝つという精神論ではないのだが。精神力を鍛えるにはまず身体を鍛える。

 身体を鍛える事によって気持ちも強くなり、冷静な判断が出来る」

 熱く語る先生の顔を見ながらも、深見 鉄心さんの言っていた言葉を思い出した。就職が決まるまで兎に角、何でもやってみようと決めた。


 南田先生が武術の師匠なら深見さんは人生の師匠だな、などと思っていると

「強靭な身体に崇高な精神を宿せ! 崇高な魂を手に入れろ! 」

 熱くなりすぎた先生は大声で叫んだ。恥ずかしかったのか力が入り過ぎてなのか先生は真っ赤な顔をしている。先生はゼエゼエと肩で息をしている。


 直ぐに感情的になるこの人に少し不安を覚えながらも俺は「努力します」とだけ答えた。

「ところで先生、さっきからずっと業って言ってらっしゃるので、もう名前は業で良いんじゃないですか? 天国と地獄と言う呼び名はそのまま使うということで」

 剛拳と鉄壁と決めてから一度も言っていない先生に指摘するとあっさりとそうしようという事になったので結局そうなった。


 話し合いの結果、業名はそのまま矛と盾、矛の天国、矛の地獄、とする事に決まった。


 南田先生は道場で古武術を教えて生計を立てているのかと思ったがそうではないらしい。俺が初めての弟子だし、他に誰にも教えるつもりは無いと言い切った。

 仕事は何をしているのかは聞かなかった、いや怖くて聞けなかった。ただひたすら毎日、武術の修行を続けているそうだ。


「業の条件は一日に、矛も盾も各三回ずつ、若しくは一分間の間は連続して何度でも使える。

 だから考えて使った方が良いぞ。まず一分間は休まずに動けるくらいの体力はつける事だな。

 それから一分間使った後は二十四時間使えないわけではなくて夜の十二時に毎回リセットされるから十一時五十五分に使ってもまた五分後に使えるって事だ。

 太陽と暦が関係するらしいが詳しい事は知らん。詳しく知りたかったら隣の蔵に山ほど資料とか巻物とかが有るからそれらを読め」

 面倒くさそうに蔵を親指で指さし語り終えた先生。


 俺はいつかもっと仲良くなれたら蔵を覗かせてもらおうと思った。因みにこの矛と盾、比べると盾の方が矛より効果は上だそうで、正確には最強の盾と二番目の矛という事になる。


「ところで先生、何故僕にこの業を教えてくれたのですか? 」

「お前に必要だからに決まっているだろ。街の平和を守る、それがお前の願いであり使命なのだろ? 」

 何故、俺の心に決めた事を知っているのかとハッとした。俺は恋人ができるまで、困っている人を出来るだけ全員助ける事に決めたが、何故その事を先生が知っているのか聞かずにいられなかった。


 やはり先生は壁画洞窟から遣わされた人いなのだろうかと、そんな事はあり得ないが、あり得ない業を持っているこの人ならあり得るかもと考えてしまうのだ。

「この前、三人組に絡まれている人を助けていただろ、あと溺れていた子供を助けただろ。俺は幾度となくお前のそんなところを見てこういう奴に俺の力を継いで欲しいと、業を使って欲しいと思ったんだな、うん」

 先生は淡々と語った。この人の大いなる勘違いから俺はこの業を手に入れたのだが果たして使う時など来るのだろうか?


「ああ、それからな、矛を使う時な、加減しなくていいぞ」

「それはどういうことですか? 」

「思いっきり殴って、相手が死んでしまったらとかそんな心配しなくても大丈夫だってこと。

 矛を喰らって絶対に死ぬことなどないから大丈夫だ。怪我も後遺症も残らん。痛みは残るがその内消える。だからまあ、安心してじゃんじゃん使えってこと」

「どうして言い切れるんですか? 」

 そんな都合の良い話があるだろうか。にわかには信じられない俺は露骨に疑いの顔を先生に向けてしまった。

「絶対だからだ」

「絶対って、でも、気絶した相手の倒れた先に尖っている物とかがあったり、頭から倒れて打ちどころが悪かったりして」

「大丈夫なんだよ! やってみりゃ解るから」

 業をじゃんじゃん使えと言う先生に驚いた。そしてどういう根拠があって相手が死なないと言い切るのか。俺はこれ以上聴くことが出来なくて黙ってしまった。


「おまえぇ、面倒な奴だなー。不思議な力なんだから相手も不思議と死なないって思っとけよ。

 それでも信じられないなら隣の蔵に文献探しに行って読めばいいだろ! 」

 俺の表情で察したのか南田先生は面倒くさそうに言った。


 それからもう質問は打ち切りとばかりに先生は話し続けた。

「最後に、俺の存在、そして業の事は誰にも教えるなよ。例え親や親友であろうともだ。いろいろと面倒くさい事になるからな。絶対だぞ! 」

「はい、絶対に、約束します」

 俺は先生の目をしっかり見て、力強く返答した。そして午後からのアルバイトがあるので、明日また来る事を約束して、一度アパートに戻る事にした。


 この素晴らしく強力な能力を手に入れた喜びよりも、明日からの先生との訓練が少し不安に感じながら南田屋敷を後にした。

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