第10話 不思議な力 (1)

 次の日、早速下手くそな地図をもとに、その場所を訪れたのだが、そこには、旧家の屋敷だろうか凄い豪邸が存在感たっぷりに建っている。

 こんな大きな屋敷が近所にあったなんて知らなかった。古い純和風の屋敷の大きな門の木の表札には南田と書かれてあるのを確認した。


「これ完全にイタズラじゃねぇか」と呟き、帰ろうと思ったが一応、念のため、裏口に回ってみる事にした。裏口には扉はあってもインターホンらしき物は無い。屋敷はかなり大きく、正門からかなりの距離を歩かされたので、何もしないで帰るわけにはいかない、という思いで裏口の扉に手を掛けると鍵はかかってはいなかった。

 俺は裏口の扉を開け屋敷の中に向かって大声で呼びかけた。


「ごめんくださーい」

「おーう」

 一度目で野太い声の返事が帰って来た。そして俺を出迎えた人は、柔道着か空手着かは俺には判らないがその類の物を着ている。

 背丈は百八十センチほど、肩位までのボサボサの髪に口髭を蓄え少し厳つい顔をした四十から五十代くらいの年齢の男だった。見た感じでザ・達人と判る感じの人だ。


 男はニコニコ笑顔で屋敷の縁側に裸足で立ち俺を真っ直ぐに見下ろしている。

 ニコニコしてはいるが怖そうだなと感じた俺は、裏口の扉に手を掛けたまま、直ぐに逃げる事の出来る状態で話しかけた。

「あの、この紙が僕のアパートの郵便受けにですね」

「待っていたよー、おいぃ」

 男の人は満面の笑顔で豪快な声で答えた。 「ええっ! 僕を、ですか? 」

 俺は耳を疑った。次に目を疑った、この人があんな汚い手書きの子供じみた案内状を本当に俺に出したのだろうか。


「そう、君を、だ」

「えっと、僕の事をご存知なのですか? 」

「勿論、知っているよ。まあここでは何だから上がり給えよ」

 そう言うと俺の返事も待たないで男は縁側から裸足のまま飛び降り屋敷の庭園をスタスタと歩いて行く。


 裸足で石砂利の上を歩くのは痛くは無いのかなと思いながらも俺は慌てて男の後に続いた。

 興味はなかったが、手入れされた庭の大きな池や鯉を一通り大袈裟に褒めながら男の後に続いた。男は俺のお世辞には全く興味なさそうに返事をしていた。


 屋敷には幾つかの離れが有って、男に案内された別館は高校の時の柔道の授業で使った位の広い畳の部屋だった。何かの道場なのだろうか、俺は靴を脱いで上がった。


「さてまず自己紹介だな。俺の名前は獅子谷ししたに 雷拳らいけんだ。ライオンの獅子に谷、名前はカミナリの雷にこぶしの拳だ」

 男は胸を張って腕組みしながら堂々とした姿勢で言った。

「……南田さんではないのですか?」

「うっ………何で? 」

「いや、表の表札にそう書いてあったので」「チッ。だから裏口からって書いておいたのに」

 男は舌打ちをした後、不機嫌そうに小声で呟いた。


 俺は余計な事を言ってしまったと少し後悔したが、獅子谷と名乗った男は直ぐに笑顔で答えた。

「表の表札の事は気にしないでくれ。兎に角、俺は」

「南田さーん、南田さーん。いるんでしょう。隣の吉田ですけど、クール宅急便を預かっているんだけどねぇ」

 年配の女性の大きな声が呼ぶのが獅子谷さんの話を遮った。

「南田さーん、南田ナオキさーん」

 女性はまだ呼び続けている。

「はーい、今、行きますよー」

 獅子谷さんは明るい声で答えると、俺にワザとらしく咳払いをした後

「ちょっと待っててくれ」

 と言い残しドタドタと音を立てながら出て行った。


 向こうで女性とのやりとりが聞こえる。少ししてバタバタと慌ただしく帰って来た獅子谷さんは、

「いやあ、待たせたねぇ。タラバガニだったよ中身は。タラバガニってカニって言うけどヤドカリの仲間なんだってよ、実は。知ってた? 」

 少し照れながら機嫌よく話し続ける獅子谷か南田かに俺は

「結局のところ南田さんなのですか? 獅子谷さんと呼べば良いのですか? 」

 俺は冷静に尋ねてみた。


「おいぃぃ。そう来たかぁ。うん、まあ南田だな」

 今までの厳かな話し方から一転、急に軽い口調になった。

「獅子谷とは何だったんですか? 」

 流石に聞かずにはいられなかった。

「いやぁ、強そうだろ? そういう名前、フフ」

 照れ笑いしながら南田は頭を掻いた。

 大のおとなが何を考えているのだろう。少し照れてはいるが、いろいろもっと真剣に自分の事を恥じた方が良いだろうこの人は。

 そして俺は、この下手くそな案内状は間違いなく、この幼稚なオッサンが書いた物だと確信した。


「名前は雷拳さんでいいのですか? それともナオキさんですか? 」

 もっとこの人を恥ずかしがらせてやろうと思い、聞く必要などないのだが意地悪してやった。

「………直樹なんだな」

 南田さんは、なんだか可笑しな語尾になってきた。


 案内状の目的は何だったのかそれだけ聞いて、とっととここから帰った方が良いだろう。

「それで、この案内状なんですけど」

「ああ、それな、そこに書いてあるとおりだよ」

「はあ」

 半分ため息のような、半分呆けたたような気の無い返事をしてしまった俺に

「信じてないみたいだけど、俺は嘘は言わん。さっきの名前の件はまあ嘘だったけどな。うん、謝る、ゴメン。そして今からは本当の事しか言わん」

 南田さんは真剣な顔で話す。

「あの、結構です」

 丁重に断り、立ち去ろうとする俺に

「ちょちょちょちょっと待ちなさい。その案内状の内容が気になったから、君はここへ来たのだろう? 」

 南田さんはかなり慌てた口調で俺に迫った。

「いえ、間違いで届いていたら知らせた方が良いかなと思って」

「………いや、少なからず興味があったはずだ、心のどこか片隅で、自分の気が付かないところで、無意識に、なあ、そうだろ! 」

「………そうかもしれません」

 いつまでも南田さんの主張が続きそうだったので認める事にした。

「よし、ではやっと本題に入ろう」

 南田さんは掌を勢いよく合わせ大きな音を鳴らした。

「ところで君の名前を聞いても良いかな? 」

「さっき僕の事知ってるって言いませんでしたか? 」

「名前までは知らんよ。君がどういった人物かって事を知っているだけだ」

 南田さんは堂々としている。


 正直この人とのやり取りが面倒くさくなってきた。俺は名前を名乗ると案内状の内容をもう一度聞いた。


「どなたもどうかきてくださいとは書いたが、俺は君にしか案内状を出してないんだぞ。古川くん、君、何か叶えたい願い事あるだろう? 」

 この質問に俺はドキリとした。まさか昨日の今日で壁画洞窟の願いの事がと頭をよぎったが、結局昨日は洞窟の中までは入っていない。


「どういう事ですか、僕の願いを知っているんですか? 」

「正確に言うと君の願いを叶えるための力を与え、サポートしますよって事だ」

「力って、与えるってどうやってですか? 何だか塾の勧誘みたいですけど」

 俺はサポートと言う言葉を聞いて半信半疑どころか完全に疑いの目で南田さんを見た。そんな俺の視線を物ともせず南田さんは話を続けた。


「俺は特別な力を持っているのだよ、ハルイチ。超能力や特殊能力のような不思議な力があったらいいなとか、便利だなあとか思う事ってないか? もし思った事などないと言うなら今ちょっと想像してみてくれないか? 」


「あります! そんな事しょっちゅう、考えます、思います」

 ナオキのくせに、いきなり弟子でも呼ぶかののように俺の名前を呼び捨てにするのは気になったが、勢いよく且つ力強く答えた。俺はよくそういう類の映画も観るし良く想像もする。そして目まぐるしく特殊な能力の種類を想像した。


「おお、そうだろ、そういった力を実際に手に入れたらそら、どんな願いでもグッと叶いやすくなるだろ。もっと沢山想像してみろ! 」

 南田さんは嬉しそうに言った。


 よく映画で出てくる便利な能力を、俺は想像した。

「能力って? 例えば、透視能力とかですか? 瞬間移動とか、タイムトラベルとか? 」

 俺はもし過去に行けたら絶対に宝くじやロトなどを購入すると決めているし、透視能力ならラスベガスのカジノでポーカーやカードゲームでお金を稼ぐだろうと想像だけはしたりする。


「いや俺の能力はそういうのじゃ」

「人の心を読めるとか? 空を飛べるとか? でも空を飛べても、人に見られると厄介ですよね! 」


「ちょっ、ちょっと待って」

「他には、時間停止能力とか? 念動力とか? もし時間を止める事が出来るなら、僕は」

「やかましい! だまれ! いい加減にしろ、このクソガキが! そんな都合の良いのがあるわけないだろうが! 」

 たしかに、興奮して捲し立てた俺も悪いが、さっきまであんなにニコニコしていたのに急にブチ切れたこの人、人間的に大丈夫なのかと少し怖くなった。

「すいません。ホント、ちょっと興奮してしまって」

 俺は直ぐに素直に謝った。


「いや、わかってくれればいいんだよ。ちょっと俺も大人気なかったかもしれないな。

 まあ兎に角、俺の特別な力の使い方をハルイチ、お前に伝授しようと思う。

 お前の今言っていた色んな能力と比べられると、かなり地味だし劣ると感じると思うんだけどもな」

 南田さんは冷静を取り戻して語り出した。恐らく先程の怒りに任せて怒鳴った事を無かったことにするつもりだろう。


「その、特別な力とは? 」

 俺はもう南田さんを怒らせまいと慎重に訊ねた。

「うむ、中国の韓非子の中に出てくる矛盾むじゅんという言葉を知っているかね? 」

「はい、韓非子とか言うのは知りませんが、矛盾と言う言葉は知っています」

「その矛盾ででてくる最強の矛と盾を俺は持っているんだ。どうだ、その力欲しくは無いか? 」

 俺は理解できずに返答に困っていると、南田さんは嬉しそうに続けた。

「俺の拳で殴られた者は殴られた箇所に関係なく気絶するし、俺の体にどんな攻撃を加えようとも傷一つつける事は出来ない。これが俺の能力だ」

 南田さんの子供じみた説明にどう返事したらいいのか解らずに黙り込んでしまった。


「………どうした? まだ信じられないのか? 」

「はい、いえ、その、大変素晴らしい能力だと思います」

「うん、そうだろう。じゃあ早速、今から伝授するための説明を始めるぞ。先ずは、矛と盾の体との仕組みから」

 南田さんはさらに嬉しそうに満面の笑顔で続けようとする。

「あの、ちょっと待って下さい。決して信じていない訳ではないのですが、その、まず、出来れば何か能力を見せてもらえたらなんて………」

「うん、それもそうだな、もちろん、いいぞ。よし! じゃあ一発思いっきり殴って来てみろ。全力で。ほれ、どこでもいいぞ」


 何故この人は、こうも自信に満ち溢れているのか、俺には腹も立っていないのに平気で人を殴るなんて事は到底できない。それに昔テレビで見たビックリ人間のように、痛いのに、やせ我慢されて後味の悪い思いをするのはごめんだ。

 俺は踏ん切りがつかずに考えこんでしまった。


「俺に殴られたら気絶すると言ったけど正確には俺の拳に掠っただけで相手は気絶するし、殴った力以上の痛みを与える事も出来るんだ。ところで、お前の後ろの壁に掛かっている時計を見てみろ」

 南田さんに言われた俺は、振り返って時計を見ると10時ちょうどだった。時計の時刻を言おうと向き直ると南田さんは俺の肩へゆっくり拳を突き出した。

「今、何時だ? 」

 また聞かれたので時計を見ようとしたが、驚いた事に俺は畳の上に仰向けに寝ていた。

「なっ、判ったか? 今十時十五分だから十五分程お前は気を失っていたんだぞ」

 暫く気絶するぐらいだからかなりの衝撃を受けたはずなのに全く痛みは感じなかった。

 倒れている俺を見下ろし「今のが、俺の最強の矛だ」と南田さんは言い、「次は最強の盾を見せようか? 」と言った南田さんの顔はとても恐ろしく見えた。


 それから南田さんの最強の盾と技を一通り見せてもらった俺は、数分後には完全に南田信者になっていた。

 

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