第29話

頭の中では甦る記憶に困惑しながらも2人を殺すのが自分の使命だと信じる沙希はナイフを構え殺意を持って近づく!

背後を見せたら刺されてしまいそうな恐怖に怯えながら下がる清志と淳二との距離は少しづつ縮まって来ていた。


あの夜、優音はほんの些細なことで友達である清志と淳二を散々に殴り、傷を負わせてしまったことを後悔していた・・・

俺はそんな酷いことをする人間じゃない!

そう思い込もうとしても罪の意識は強くなるばかりで消えない。


彼は自分が犯した罪に罰を与えねばならぬと死を決意し家の周囲や植え込みに大量の灯油を撒き散らした

撒いた灯油は強烈な匂いを放ち、彼の意識を違う人格へと誘いながら門から出た所で眠るように倒れてしまった・・・

数分が経ち、意識を取り戻した彼は何もかも忘れてしまったようにふらふらと道路を横切り病院の前にあったベンチに座り灯ったままの自分の部屋の灯りを無表情で眺めていた。


そこへ小声で話しながら清志と淳二の2人が現れ、家の前で止まると植え込みにライターで火を点けた・・・

突然、パチパチと激しい音を立てながら燃えさかる炎はほんの一瞬で家を業火で包み込んでしまった!

「なぜ・・・?」

そう呟いた優音は慌てて家の前に駆け寄ると両親の名前を繰り返し叫び、助けようとしたが近寄ることさえ出来ない。


絶叫を繰り返す彼の声に近所から慌てて人々が出て来るが消防に連絡する以外に手の施しようが無かった!

尚も家に近づこうとする彼の身体を掴み数人で押し留める。


なぜ、こんなことに・・・?

どうしてこんなに強烈な炎で燃え上がるのだ!?

自分が撒き散らした灯油のことなど記憶の欠片も残ってない彼はそれでも炎の中に飛び込もうとする!

自らの命を絶とうとした微かな記憶が今の彼にそんな行動を取らせていたのかも知れない。


イジメを受け続けたことによる理不尽な孤独と痛み・・・

こんなことが許されていいはずが無い!

そう思い続けた彼が正しき行いに憧れ、正義のヒーローへの妄想の引き金となったことは彼にしてみれば仕方なかったことなのかも知れない?


だが誰にも弱音を吐けず、孤独であると思い込んでしまっていた彼は自分の家に火を放ち自らの命を絶つことが一緒に暮らす両親も巻き添えにすることになるという結果にまでその思考が到達することは無かったのだ。


他人の悪意に苦しむ自分と無力な自分を助けるヒーロー!

無力であるがゆえに他人に悪意を持たず正しく生きたいと願いヒーローであるがゆえに悪を絶対に許さない・・・

悪を懲らしめ罰する為には如何なる暴力も必要であるという極端な考え方が悪魔のように冷血な、自分とは全く違う別の人格を作り出したのであろう?


自分では気づかないうちに神と悪魔の両極端な人格を持つ人間になってしまったのだ。


慌てて逃げ去る清志と淳二の後ろ姿を見ながら俺があんな風に彼らを傷つけなければ誰も死なずに済んだ!

でも私はなぜ、こんなことを憶えているの?

こんなことを思い出している私は一体、誰なの!?

そう思った沙希のナイフを持つ手は小刻みに震え始めた


それでも目の前の2人に対する殺意が消えなかったのは潔癖過ぎるほどに正しい人の道を歩もうとする優音の心に悪意が芽生える元凶を絶ちたかったからである。


「優音さんにとってあなた達は邪魔なのよ!」

「私がここでその存在を消してあげるわ」

そう言いながらナイフを頭上に振り上げた瞬間、

「やめるんだ優音っ!」

「それ以上やると、もう後戻り出来なくなってしまうぞ」

沙希の背後から大きな声で叫ぶ声がした。


優音を探し、やっとここへ辿り着いた信也である。

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