第26話

沙希さんが居るアパートに着いた俺が鍵を開けて中に入ると、いつもの明るい笑顔で抱きつき

「急に会いたいって言われたからドキドキしちゃった!」

そう言いながら彼女はいつもと違う様子に気づき

「今夜は浮かない顔をしてるけど何かあったの?」

心配そうな顔で俺に尋ねた。


「しばらく会えなくてごめん」

「あれから色々とあって自分の気持ちをちゃんと整理したいと思ったから一人で調べて回ってたんだ」

俺がそう言うと

「その様子だと大変な思いをしたみたいね?」

「それにしてもたくさんの荷物を持って来たみたいだけど中に何が入ってるの?」

彼女は大きく膨らんだ背中のリュックに気づくと、下ろすのを手伝いながら訊いた。


「どうしても思い出せなくて俺にもわからないから一応、自分の部屋から持って来たんだけどこの荷物を信也が自分の物だと偽ってキャリーバッグに鍵を掛けて隠してたんだ」

リュックのジッパーを開けて中身を見せながら説明すると

「キャリーバッグ?」

「それって黒い色の大きなキャリーバッグでしょ?」

「それは信也さんのじゃなくてあなたが使ってるキャリーバッグであの日、清志って人の実家を2人で調べに行った時に泊まりになるかもってあなたがここから持って行った物です」

「荷物をたくさん持って2人で何日も泊まるんじゃないかと思い、ちょっと期待してたんだけどあの日は持って来なかったから日帰りで帰ることになったのかと気が抜けてしまいました」

彼女は恥ずかしそうに照れながら冗談混じりで言った。


そんな沙希さんの恥ずかしそうな笑顔を可愛いと思った俺は彼女を強く抱き締めると

「君と行ったあの家は俺の実家だったんだ」

「放火した犯人は清志と淳二!」

「信也の話だと俺は時々、人格が変わるらしい・・・?」

「些細な揉め事で俺があの2人を仕事を休むことになるほど殴った仕返しだったのかも知れない!?」

「他にも何か理由があるのかも知れないけど俺はあの2人をこのまま許すことが出来ない・・・殺してやりたい!」

俺は悔しさに涙を堪えながら本心を言ってしまった。


「でも報復を更なる報復でやり返すことは人間として絶対にやってはいけない罪だ」

「もしも俺の人格が変わり、人として間違ったことをしようとした時は君の説得でどうか俺を止めて欲しい」

「こんなことを頼めるのは沙希さん、君しか居ないんだ!」

彼女にそう言った俺は自分の意識が徐々に遠ざかって行く感覚に襲われ始め、慌てたが腕から力が抜け、身体を支えることも出来なくなりその場に崩れ落ちた。


こんな時に・・・こんな大事な時にどうして!?

意識を保とうと必死になる俺にしゃがみ込んで優しい笑顔で頭を撫でながら

「自分の正義と良心にあなたはこんなに闘いながら苦しんで疲れ果ててしまったのね?」

「もう何も心配しないでこのまましばらく眠っていて下さい」

「心から愛するあなたの代わりに私が2人に対して犯した罪に見合う相応の罰を与えます!」

彼女は微笑みながらそう言った。


そんな意味で言ったんじゃない!

君が本当にやらなければならないことは俺を止めることで君があの2人に報復をすることじゃないんだ・・・

叫ぶような口調で必死に言葉にして彼女に伝えようとしたがそれも出来ないまま、俺の意識は失われてしまった。


それを確かめた彼女は静かに立ち上がるとお気に入りだった真っ赤なワンピースをリュックから引っ張り出して着替えると、戸棚の引き出しを開けて奥から鋭利なナイフを取り出し花柄のハンカチで丁寧に包んだ・・・

玄関の扉を開けるといつの間にか外は小雨が降っていた。


赤色のチェックの傘に真っ白なレインコートを頭から被り、袖を通した彼女は静かな足取りで暗い夜道へと歩き出した。

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