第11話

翌朝、社員寮の玄関付近でズタズタに切り裂かれた猫の死体が発見され、ちょっとした騒ぎになっていた。


仕事に向かう準備を終えた俺と信也が部屋の鍵を閉めて階段を降り、玄関から出ると

「まだ子猫じゃないか?」

「一体、誰がこんな酷いことをするんだ!?」

そんな言葉が飛び交う中を俺は昨夜、起きた不可解な出来事を思い浮かべながら人々の視線の先に歩み寄って行くと刃物で何度も切りつけられたような子猫の死体が無残に転がされていた。


俺は昨夜の血の匂いと目の前にある残酷な光景が重なり、強い吐き気を覚えて口に手を当てた

歩調の変化に気づき、俺の後を追い掛けて来た信也が肩に手を置きながら目立たぬように現場から遠ざけた。


「きっとお前じゃ無い!」

「俺が知ってるお前は絶対にあんなことをする人間じゃないから安心しろ・・・お前じゃ無いよ」

信也は俺を気遣って言ってくれてるのだろうが否定される度に自分がやったのだと言われてるような気がした

親友である信也の言葉でさえも素直に受け入れられない自分が最低の人間に思えて涙ぐむ。


ちょっと大きな声で冗談っぽく無言の俺に話し掛けながら離れた場所へと肩を抱き連れて来た信也は急に方向を変えて路地に入り込むと俺の両肩を掴み

「しっかりしろ!」

「起きてしまったことはもう取り返しがつかないんだ」

「相手が人間じゃなくて良かったじゃないか!?」

「昨夜のことは誰にも言わないから全部、忘れるんだ!」

押し殺したような声で両肩を揺すりながら言った。


本当ならその励ましに感謝すべきなのだろうが俺があの猫を殺してしまったと思っている信也の心の中を覗いてしまった気がして何も応えることが出来なかった。


それはそうだろう?

昨夜の俺の姿を見れば誰だってそう思うだろう・・・

信也は俺の汚れた服と大型のカッターナイフを綺麗に洗い、幾重にも包んで捨ててきてくれたのだ!

そんな彼を責める俺はどうしようもないクズに違いない。


壊れて行く自分を別の自分が冷静な目で見ているような感覚に怖くて身震いした

「信也には迷惑を掛けてばかりで悪いな」

「もう大丈夫だから遅刻しないよう仕事に行こう」

そう言って歩き出した俺を呆然と見送った信也は我に返ると慌てて俺の後を追い掛けて来た。


無言のまま2人は並んで歩く・・・

貴重品をロッカーに入れ鍵を掛けると職場に向かった。


もっと冷静になってよく考えるんだ!

自分が精神異常者になってしまったのか?

それとも誰かが俺に嘘をついて混乱させているのか?

信じるべきは自分だけなのだろうが自分さえ信じられない。


なぜ、こうなってしまったのか?

日常の歯車が狂い始めたのはどこからなのだろう?

多くの疑問を胸に抱きながら歩いていた俺は何かの気配に突然、立ち止まると振り返った!

危うくぶつかりそうになった同僚が驚いたように避けて通り過ぎた向こう側に信也の姿が見えた。


誰かが俺の背後で笑ってたような気がしたのである

「そんなはずは無いか・・・」

自分を恥じて笑った俺は再び歩き出した。


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