第9話

沙希さんを心配した俺は彼女が住むアパートの部屋まで送ると名残を惜しむような彼女の言葉に誘われるまま部屋に入り、しばらく一緒に過ごした。


ワンルームで綺麗に整頓されているからそう感じたのか、何だかまるで生活感が無いような殺風景さだった・・・


小さな押し入れと洋服ダンスにテーブルなど一応、家具は揃っているのだがキッチンには調理器具が見当たらない!?

一体、どんな生活をしてるのかと気になったが失礼になると思った俺はそういった質問をすることもなく雑談に終始し彼女に別れを告げて社員寮へと帰った。


階段を上り部屋の前を見ると信也が床に座っている

「こんな所に座り込んでどうしたんだ?」

具合でも悪いんじゃないかと駆け寄った俺が訊くと

「どうしたんだは無いだろう?」

「俺がお前を誘ったらまだ具合悪いから部屋で過ごすって言ったから部屋の鍵も持たずに買い物してすぐに戻って来たんじゃないか」

信也は俺の為に買って来たらしい栄養ドリンクを見せて振りながら呆れ顔で言った。


「え!?・・・俺はその時、起きてたのか?」

そんな記憶など何も無い俺は信也に尋ねた。


「俺は寝言で喋ってるお前と話してたっていうのか?」

「ベッドに座って携帯をいじりながら俺にそう答えてたぞ」

「まさか俺と違う記憶がお前にあるっていうんじゃないよな!?」

立ち上がった信也は真剣な表情で俺に問い掛けた。


「そうなんだ・・・俺が起きた時に信也は居なかった」

「うっかり寝坊してしまって慌ててはいたけど部屋の中には俺だけしか居なかったんだ」

またしても食い違う記憶に戸惑いながら答えた。


そう言えば部屋を出る時に鍵を掛けて出たが中から開ける時には鍵は掛かっていなかったような気もするが・・・?

懸命に記憶を引き出そうと頭を掻きむしる俺を案じた信也は優しい口調で落ち着くように言うと俺から受け取った部屋の鍵で扉を開け、中に誘導した。


「きっと本当に具合が悪くて覚えていないだけさ!」

「気分が良くなって出掛けてたんだろ?」

「顔色は良くないが元気になって良かったじゃないか」

信也は買って来た栄養ドリンクのふたを開け俺に差し出して飲むように促した。


何とも言えない強烈な刺激が口の中に広がり思わずむせてしまった俺の背中を撫でながら笑った信也はタオルを片手にバスルームへと向かった・・・

その後姿を眺めながら落ち着いて考えてみようとソファーに腰掛けて記憶を辿るが信也との会話など浮かんで来ない。


携帯をいじってたと信也は言ってたが俺がアラーム履歴を自分で削除したのだろうか?

そうだとすれば一体、何の為に削除したんだ!?

俺は沙希さんと会う約束をしていたのだ!

設定したアラームを切って寝るはずが無いじゃないか?

どんなに考えてみても答えが出ない。


苛立ちを覚えた俺は冷蔵庫を開けると炭酸のペットボトルを取り出しコップに注ぐとアルコールを少しだけ混ぜベッドの棚に置くと服を着替えて寝転んだ。


暑い中を随分、走ったから汗もかいたし信也が出たら俺もシャワーを浴びることにしよう・・・

手にしたコップを飲み干しながら考えていた。


その時、一つの答えが急に思い浮かんだ!

俺はもしかして彼女に対し寝坊した言い訳にする為に携帯のアラーム履歴を削除したのではないか!?

そんな卑劣な手段から目を背ける為に記憶も削除した?

その忌まわし過ぎる答えに気分が悪くなった俺は否定するようにそのまま意識を失くしてしまった。


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