第4話

仕事を終えた俺と信也は洗面所で顔と手を洗うと作業場に持ち込めない携帯などを入れる小さなロッカーを開けて私物を取り出した。


取り出した携帯を習慣的に見た信也は俺に

「悪いが先に帰っててくれないか?」

「ちょっと電話で話したい相手が居るから遅れて帰るよ」

「すぐに済んだら急いで追い掛けるからさ」

俺だけじゃなくて信也にも恋する相手が出来たのかと思うような仕草で言った。


「俺は子供じゃないんだから一人で帰れるさ」

「信也こそ暗い夜道は気を付けて帰って来いよ!」

沙希さんからのメールが届いていたのでゆっくり読んでみたかった俺はそう言って先に歩き出した。


仕事を慰労する言葉や自分のバイト先であるコンビニの状況とかありふれた日常的な内容であるが文章の終わりにハートマークが添えられてあり、照れ臭さを感じた俺は思わず周囲を見回してしまった。


ん!?・・・何だか人影が見えたような気がしたが?

携帯を眺めながら歩いていたのできっと錯覚でそう見えただけなのだろうと今度は少し早足で歩き始めた

社員寮まで5分も掛からないのだから目の前に寮も見えているし、暗がりを歩いているわけでは無いので恐怖心などは無かったが薄気味悪さを感じていた。


信也が感じてるように何だか落ち着きが無い・・・

あんな出来事が起こったキッカケで俺にもあんなに可愛い恋人が出来て有頂天になってる?

だから何でもないことが気になり過敏になってるだけかも知れない?・・・きっとそうなんだ!

自分で自分を納得させようと決めつけた。


そう考えてるうちに背後から走って来る足音が聴こえ始めその音は段々と俺に近づいて来る

急いで追い掛けるからと言った信也に違いないと思ったが俺はなぜか振り返ることが出来なかった!

全てが疑心暗鬼になってるような気がして振り返る行動をもう一人の俺が許さなかったのだ。


やがて足音はすぐ背後まで近づくと肩に手が置かれた

心臓が止まるほど驚いて振り向いた俺に相手も少なからず驚いてしまったようで

「悪かった!」

「足音で気づいてるもんだと思ってたんだがその様子だと不意をついたみたいだな?」

気の毒そうな顔をしながら信也はそう言って謝った。


「そんなに謝らなくていいよ」

「携帯でゲームしながら歩いてたんで信也に気づかなかった俺の方が悪いんだから大丈夫だよ」

さり気なく携帯をポケットに入れながら答えた俺に

「それにしても振り返った瞬間は真っ青な顔をしてたぞ!」

「俺は自分が幽霊にでもなっちまったんじゃないかと思って本気で心配してしまったよ」

信也は両足を交互に上げて足がちゃんと付いてることを俺に確認させながら言って笑う。


確かに笑い話だと思いながら照れ臭さを隠すみたいに俺も笑ったが、何だか夢をみているような釈然としない気持ちが心の中に芽生え始めていた。


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