第119話 40歳・墓石やさん
その日は、北鎌倉の方へ墓地を見に行った。
駅の近くの、有名なお寺の分院の墓地だった。
本寺の方ではないけれど、敷地内にあり、観光客が進む道とは違うところを入って、坂道をしばらく上った先にあった。
正直なところ、あまりぴんとこなかった。
ちょうど墓地をかなり広げている最中で、墓地と言うより、まるで工事現場のようだった。
もう少し墓地らしく、大方埋まって他の方々の墓石が立った頃に行っていたら、また印象が違ったかもしれない。

その日は、その墓石屋さんともう1カ所見たのだと思うけれど、あまり印象に残る場所ではなかったのか、どこを見たのか忘れてしまった。
ただ、そちらへ移動する途中に窓から、今見たお寺の本寺と同じくらい有名な、別のお寺が見え、
「こちらは売りに出ていないんですか?」
と聞いたら、
「こっちは今は募集ないようです」
と言われた事ははっきり覚えているのだけれど。

どちらも禅宗の有名なお寺だし、見に行った方のお寺が(分院だけれど)不満だったと言うわけでは無い。
ただ、私がこちらは募集ないのかと聞いたほうのお寺は、関わりと言うほどのものでは無いけれど、両親が、まだ若かった頃、2人で鎌倉に遊びに来たときの思い出話で、よく聞かされていたのだった。
母は、北鎌倉のこの寺院で、座禅堂に初めて、上がらせてもらった女性なのだととてもうれしそうに自慢していた。
当時の管長さんが、入れてくださったそうだけれど、周りの僧侶の方々は女性をあげていいのですか、と驚いていたそうだ。
たったそれだけの、観光客の一方的な思い出にしか過ぎない、ほんのわずかな関わりではあるけど、そんなわずかなものでも両親の思い出がある所のほうがいいなと、ふと思っただけだった。

妹は自分の車で来ていたので、墓石やさんは一度、北鎌倉駅の最初に見た寺院の駐車場まで送ってくれた。
私が、少し気分転換に散歩していきたいと言うと、妹は家のことがあるから帰ると言う。
私は、妹と別れ1人で北鎌倉をぶらぶらと歩いた。
とりあえず今日見た北鎌倉の墓地は保留かなと思いながら、私は先ほど車で通り過ぎたお寺のほうに戻った。
墓石屋さんの言葉を疑っていたとか、そういうことではなく、なんとなく見て帰りたくなっただけだったと思う。
けれど、門を入ってすぐ、私は唖然と立ち尽くした。

『墓地新区画あります』
のぼりが立っていた。
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