第78話 30代・人災

「あの高橋って弁護士ね、あれはYですよ。Yの声でした」



事務員さんがそう言った。

何度か電話をつないだことがあったらしい。



「先生、耳が遠いから」、と。



気づいていたなら言ってくれれば良かったじゃないか。

父に言いにくいなら、私にでも。


だが、私はその言葉を飲み込んだ。





その時点で残っていた仕事のいくつかは事務員さんに請け負ってもらい、私はひたすら事務所を片付けた。


自治体のゴミ回収に出せるもの、出せないもの。

自宅のゴミと合わせて、業者は2回呼んだ。


私が見ても分からないものは事務員さんが来たときにまとめて見てもらった。

一部、数年保管が必要なものはアパートの空き部屋に置くことにした。




朝、昼はパンやお弁当ですませ、夜はカセットコンロで鍋にした。


この頃、テレビでは、12月中は新潟中越地震で被害を受けたの方たちの話で、1月に入ると阪神大震災から10年とかで、その頃の映像が多くなり、天災と人災の差はあったが、自分の境遇と重なって、毎朝それを見ては、私も頑張らなくてはと励みにした。


手首は、年末くらいには、まだ少し痛みが残っていたが、そんなことを言っている場合ではなかった。


お願いだから、持ってくれ。


そう思い、痛みを無視して使っているうちに、いつの間にか良くなっていた。

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