第75話 30代・盗難
ウィークリーマンションの部屋は8階で、私は、こんな時にこんな高いところに泊まるのは良くないと思った。
ふとした拍子に飛び降りたくなる。
一刻も早く、あのゴミの山を片付けて、アパートの部屋を使えるようにしなければと思った。
昼は、山積の荷物を少しずつ整理して、不要なものを捨て続け、夜、がっくりと肩を落とした父と2人、ウィークリーマンションに戻る。
父が、ショックのあまり、このまま死んでしまうのではないかと、毎日恐ろしかった。

妹が、やっと来られたのは3日目だったか4日目だったか。
その時には、すでに家は跡形もなかった。
2人で泣いて、それから、アパートの部屋の中ではまだましなところの片付けを手伝ってもらった。
他の部屋は何しろ入り口までぎゅうぎゅうにゴミとともに詰まっている。
連中は、裏庭に捨ててあったクズや、落ち葉の袋まで詰めていった。

その部屋だけは多少、スペースを空けて、家具と段ボールの箱だけ詰めていったので、まずそこを片付けて泊まれるようにしようと思っていた。

小さな子供2人抱えて妹は、そうそう川口まで来ることができない。
だから、こちらのことよりも、引っ越し先を探してもらうことにした。
もともと父が引退したら、妹のいる鎌倉へ行こうと思っていた。
父が足が悪いので1階を希望して、何しろ今まで一軒家で荷物が多かったので、予算内でできるだけ大きな部屋を探してもらうことにした。
もう、条件さえ合えばどこでもいいので、その後、妹が決めたところを見にもいかずに借りた。
一週間でウィークリーマンションを引き払い、アパートに移った。
一階には父の事務所の他はスナックが入っていたが、母が亡くなったあと、父が許可してしまったので、木造だというのにカラオケをやっていて、夜中までうるさかった。
更に、天井裏ではネズミが走り回っていた。
ひと月近くかけて全ての荷物を整理し終えたとき、母の形見の宝石がごっそりなくなっているのを発見した。
あの時、私は通帳と現金を持ち出すのがせいいっぱいだったが、もう少しだけ余裕があったらよかったのにと今でも思う。
うちはあくまで中流家庭なので、盗難にあった芸能人みたいに驚愕するほど高い宝石というわけではない。
私も妹も、アクセサリはあまりつけないので、あれがあっても使うと言う事はほとんどないかもしれない。
1番値段が高いもので、1カラットのダイヤモンドの指輪だったが、とにかく全て母の形見だった。
それが大事なことだった。
箱だけ残っているものもあり、確実に、裁判所の強制執行のとき盗まれたのだった。
何しろ、たまたまそのほんの2〜3日前に私はそれらがあるのを確認していたのだ。
その頃は妹夫婦も一軒家を購入して移っていたから、全然使わない私のところにあるよりは、妹の方がまだ使うだろうから、引越ししたら渡してやろうと中身を確かめていたのだった。
それに、後から振り返れば、何やら怪しげな素振りをしている男がいたのを思い出していた。
盗難は、当然警察に届けたが、3ヶ月ほど経ったとき、捜査したけれど見つからなかったと知らせが入った。
私は、怪しげな素振りをしていた男がいたのを思い出したし、顔も覚えているからもう一度、調べて欲しいと伝えたが、人相を聞いてくれることもなく、もうひと通り捜査したの一点張りだった。
いくつも盗んでいったので、そんなに持っていたら目だったはずだと警察は言うのだが、私が怪しいと思っていたのは2人だったし、箱を置いていったのだから、中身だけならポケットに入る。
裁判所の強制執行といっても、実際に作業したのは業者だろうし、最後に持ち物検査くらい、責任持ってやるべきだと思う。
それでも警察にとっては、いわば身内の汚点だろうから、どうせろくな捜査をしてくれなかったのではないかと私は思っている。

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