第49話 カウザルギー13
自分で市役所に提出しなければならない書類もあった。
記入することはもちろん、提出も行けそうになかったので、妹に頼んだ。
「自分で行けばいいじゃない」
「だって、まだそんなところに行けないよ」
「鍼灸院には行ってるじゃない」
「だから、鍼灸院は行けば楽になるから、つらいけど、がんばって行ってるんだよ」
痛みはまだまだ、気が違いそうになるほどひどかったが、病人というのは、確実に楽になるのなら月までだって行く、そういうものだ。
そのあたりは妹にはどうしても理解できないらしかった。
「もう。こんな大変なことさせないでよ」
妹はぼやいたが、正直に言えば、どのあたりが大変なのか、私にはよくわからなかった。
年末の忙しい時に市役所に書類を提出に行ってくれと言うのは申し訳ないことではあったけれど、もらった書類に私の名前や住所を書き込んで、市役所の指定された窓口に持っていくだけだ。
その辺は、若い頃から何でも、親に使いっ走りをさせられていた私との感覚の違いかもしれなかったが、その程度の事は私は大学生位の頃から当たり前にやらされていた。
一応、礼を言ったが、さっぱりその大変さが理解できず、おかげであまり感謝の念がこもらなかったせいか、妹は不満そうだった。
正月には、義弟と甥2人は義弟の実家へ泊まりに行ったが、妹は私の世話のために家に残った。
「私だけ残らなきゃならなかったんだよ。何かないの?」
と、妹が言うので、
「何かって?」
「ごめんなさいとかさぁ。私だって行きたかったんだよ」
私は少し驚いた。
妹は、さっぱりした気性の姑とは馬が合っているようだったが、気難しい舅には手を焼いている様子だったからだ。
「ごめん。旦那の実家に行かないで済んでむしろ嬉しいかと思った」
「私、一人で置いてきぼりってイヤなんだよ。寂しがりなんだもん。知ってるでしょ」
まぁ、確かに子供の頃からそうかもしれないが、今回は一応私もいるのに、1人で置いてきぼりとは。
どうやら私は数に入らないらしい。

関係者の方々が急いでくださったおかげで、障害認定は年明けすぐに降りたが、ヘルパーさんを、派遣してくださる事業所が見つからない。
ソーシャルワーカーさんのお話では、高齢者や、知的障害者を対象にした事業所は結構あるのだが、身体障害者を対象に入れている事業所がなかなかなかったらしい。
それでも、1月下旬にはなんとか見つかった。
驚いたことに、私の住んでいたアパートから徒歩1分ほどにある事業所だった。
鎌倉に引っ越した当初、そこにはレンタルビデオショップがあった。
その後、100円ショップになり、それが閉まった後、広い土地が2つに分割され、片方に新しいきれいな建物が建っているなとは思っていたけれど、何なのかよく知らなかったのだ。
ソーシャルワーカーさんも、偶然てあるものだねと笑っていらした。
介護サービスの給付を受けられるのは3月からになったが、妹の希望で2月中旬に家に戻ることになった。
妹は持病のテニス肘がだんだん悪化してきて、私の面倒が負担になっていた。
この頃、私はまだ左手もあまり使えず、家でじっとしているくらいの事しかできなかったので、週三回、掃除と食事作り、うち1度は入浴補助もしてもらうことになった。
2月の数回分は自費で支払うことになり、その前に、荒れ果てた自宅内をなんとかしなければならなかった。
自分で片付ける事は当然できないので、何でも屋さんを頼んだ。
こればかりは妹に頼むわけにもいかず、私が部屋の中央に座り、あれこれ指示しながら、かなり大雑把に捨ててもらった。
数ヶ月放置した冷蔵庫は、中身ごとそのまま捨てた。
一人暮らしにはちょうど良いような小さな冷蔵庫だったが、もはや、冷蔵庫を開けて、ぎゅっと詰まった中からものを探すと言うこともできそうになく、一人暮らしにはだいぶ大きな冷蔵庫を買い直した。
食器も、ヘルパーさんに全てを洗ってもらうわけにもいかないだろうと言うことで、小さな食洗機を買った。
お米もそれまで、電磁波過敏だったので土鍋で炊いていたが、土鍋を持ち上げることも難しかろうと言うことになり、小さな電気釜を買い直した。
この頃、電磁波過敏がかなり落ち着いていてくれたのはありがたかった。
そうでなかったら、この時期を、到底乗り切ることができなかっただろう。

もう少し体調が良かったならば、一つ一つ吟味して捨てることもできたろうし、冷蔵庫をそのまま中身ごと捨てるなどと言う乱暴な事はしないで済んだのだが、作業の間、ひどい痛みをこらえて座っているのがやっとの有様だったので、細かいことを気にしている余裕がなかった。
その後、別の掃除業者に室内を掃除してもらい、何とかヘルパーさんを迎える準備はできた。
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