第50話 カウザルギー14

この頃、私は週2回鍼灸院に行っていた。


予約ができない鍼灸院なので、朝1番か2番に着けるようにと、6時にタクシーで大船駅に向かう。

そこから電車。横浜で乗り換えて、いく駅か行き、バスで鍼灸院まで向かう。

8時少し前に到着し、1時間余り待って治療を受け、帰る。


朝、診察まで1時間半ほども待つのはつらいが、人気の鍼灸院だったので、ゆっくり行くと何時間待つことになるかわからない。

それぐらいなら、朝早く行って、待つ時間がどの程度か、はっきりしている方がマシだったのだ。


朝早いから、電車はほとんど座れたし、たまに立っていても、たいてい席を譲ってもらえた。

鍼灸院に入ると、他の患者さんがスリッパを出してくれる。

お礼を言って、靴を脱ぐと靴まで靴箱に入れてくださる。


脂汗をにじませ、真っ青な顔で、震えながら待つ私に、見知らぬ他の患者さんが、


「ここならきっとよくなりますよ。手でよかった。足だとここまで1人で来れませんからね」


と声をかけてくださった。


「そうですね」


私は答える。





冬で、どんなに寒くても、痛みがひどくてダウンジャケットを着ることができなかった。

仕方なく、セーター二枚にカーディガンを重ねた上に毛糸のベストまで来て、その上にダウンベストを着た。

帰り、そのベストを着ようとすると、他の患者さんたちが手伝って着せてくださる。



そうやって、気遣ってくださって、励ましてくださったのは、見知らぬ方ばかりだった。




別に、妹たちが冷たかったと言うわけではない。


甥たちはまだ子供で、私がどれほどつらいか、よく分からなかっただろうし、分かったとしてもどう声をかけたらいいか分からなかっただろう。

自分が子供だった頃を振り返っても、そんなものだったろうと思う。


妹は妹で、まるで余裕がなさそうだった。


このとき、私は自分と妹の違いをつくづく感じたのだが、私はもともと体が弱く、体力もなく、できることが限られているので、こう言った非常時にはどうしてもやらなくてはならないことだけ残して、あとは放り投げてしまう。

いわば、自分内非常事態宣言で、完全に切り替わる。


だが、妹はできうる限り、それまでと同じ日常生活を続けようとする。

そこに非日常が乗るのだから、それは限界を超えるだろう。



みんな、大変だったのだから仕方がない。

ただ、とてもつらいときに、背中を撫でていたわってくださった、見ず知らずのたくさんの人が、心の支えになったという話だ。

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