第2章 自分の進路で悩む 5

 夕食はレースダークの手料理だった。隠し味に90年代のワインを入れたステーキは何とも絶妙な味だった。

 トウはあることをレースダークに質問した。自分の進路に悩んでいるトウは是非ともレースダークに神父のやりがいなどを聞きたかった。

「仕事上や宗教の入信によって禁止していることはありますか?」

「私はね、あまり宗教というものに自分の価値を見いだしたいとは思わないよ。仕事とプライベートは分ける方でね。神なんて本当にいるなんて思っちゃいない。もし本当にいるなら、奪われていく命を見捨てることなんてしない。もちろん昔の人の考えというのは現代と比較することで、後継者の新たな知恵を生み出していく。私がこんな価値観だからこそ、これからの神父の役割のいうものが多様化するのかもね」

 トウはあくまで参考程度に聞き入れた。レースダークの調理をサポートして、出来上がった料理をテーブルに並べた。

「いつもこんなに美味しそうなもの作って食べているのか?」

「そんなことない。でも最近は会員の人が出来た料理を配ってくれるから料理してないんだ。冷凍庫がパンパンで」

 クリストキントはバレンに冷蔵庫の中身を見せた。

「さあみんな、席に着いてくれ。せっかくだからお客様のために教会で食事するやり方を教えてやろう」

 全員が席に着くとクリストキントとレースダークは目を閉じ始めた。トウとバレンも目をつむり、その場は静まり返った。

 「ヘイナス!」とレースダークが叫ぶとしばらく沈黙が続いた。終わりの合図があるまで目を閉じていた。

「これがここの教会の食事の挨拶よ。『いただきます』と変わらないんだけど、普段よりは食材に対して感謝の気持ちが強まったんじゃない?」

 四人は食事を楽しんだ。レースダークはトウにシャクシャクやシャクシャクの城について聞いてきた。

「城にはさぞかしたくさんの人が住んでいるんだろう。普段は誰が作るんだ?」

「クリスマスノエルですね。でもたまには僕も料理しますよ」

「私はコロポックルならみたことがあるのだが、ぜひともノエルをみてみたいものだよ。城が観光スポットとして中に入れないのが残念だよ」

 食事が終了してしばらくするとトウとバレンは再び資料室に戻った。

「バレン君、君が見たいと言っていたソリレースの資料を持ってきたよ」

 レースダークが何冊もの本を両手に抱えて持ってきた。ドサッと音を立ててテーブルに置かれると少し遠くにいたトウは反応してみてしまった。トウはレースダークと目が合うと目をそらしたが、向こうからこちらに近づいてきた。

「ソリレースはサンタクロース協会が発祥して君のお祖父さんは何度も優勝を果たした。亡くなった父がソリレースに参加してよく話してくれたよ」

 壁に飾られている大きな十字架を見ながら言った。

「そうですか。あなたの父はサンタクロースだったのですか?」

「いいや違う。ソリレースは一般人の参加も可能だった。しかし毎年優勝するのはサンタクロースとして活動する者だった。いつからかサンタクロースは敵対視されるようになった」

「どういうことですか?」

「世の中には色んな仕事をする奴がいる。サンタクロースだけじゃない。勇者、魔法使い、剣士、貴族、数えるだけ無駄さ」

「それらにあったことあるのですか?」

「仕事で色んな者がここを訪れる。皆が口を揃えて言うんだ。『サンタクロースには敵わない』とね」

 トウは口に溜まった唾液をゴクリと飲んだ。

「レインランドのサンタクロースはたくさんの秘密を抱えている。その情報は絶対に漏洩してはいけいない重要なものだ。レインランドにはこんな昔話がある。内乱が起き両者の戦士がぶつかり合った時、終わらせたのは武士でも兵隊でも勇者でも海賊でも魔法使いでもない。サンタクロースであると」

「サンタクロースはライト法が使えると聞いたことがあります」

「知ってるよ。だが私はその技を使えなかった。努力が足りなかったのか、はたまた才能なのか……君は見たことはあるだろ?」

 トウはシャクシャクがライト法を使用した時のことを思い出した。トウが思い出したのは、まだ三歳の頃のクリスマスシーズンの城の中庭の出来事のこと。

 シャクシャクが右手に力を入れると、ライト法の光で作られた太い棍棒を出した。シャクシャクはその棍棒を力いっぱいに振り回すと光が放たれていき、城の壁に様々な動くイルミネーションが描かれた。

 トウは喜び中庭を走り回り楽しんだ。

 トウが思い出に浸っていると、レースダークはバレンの方に行っていた。

「その本は面白いだろう?世界の盲点、それがレインランドでありサンタクロースだ。そして世界中のサンタクロースが集まる場所をサウーロとした」

 トウは二人の会話に入ろうと近づいた。

「他国ではこの国のことをこう言う奴がいるんだ。『雨国のサンタクロースは野蛮な連中ばかりだ。ブラックサンタクロースを生み出す危険な国だ』ってね。だから他国はこの国のことを問題視しているんだ」

 ネットサーフィンを普段からしているバレンはすらすらと知っている知識を言った。

「お前もブラックサンタクロースなんかなるんじゃないぞ」

「なんで俺なんだよ!?」

「だって進路で悩んでいるし、もしかすると非行に走るかもなって思ってね」

「どんな発想だよ!?そんなわけないだろう」

 二人の会話を聞いていたレースダークは大笑いした。

「大丈夫ですよ。サンタクロースにとって重要なものは優しさです」

 そんなことはわかっている。いや、実際はわかったつもりになっていたのかもしれない。

「三人で何を話しているの?」

 クリストキントが資料室にやって来た。

「何でもないさ。男同士積もる話もあるものさ。久々に若い者と話せて私も嬉しくてね。つい話が盛り上がってしまったよ」

 辺りが真っ暗になり遅くならないうちにトウとバレンは帰宅することにした。

「そういえばトウ、朝から晩まで進路で悩んでいたけどよ。結局どうするんだ?」

「わからない。答えなんて見つからなかったよ。ただ取り合えずサンタクロースかな。待遇とかやり方とかはまだ深くはわからない。今日は遅いし明日から詳しく調べることにするよ」

「……まぁこれからサンタクロースの学校に行くんだから、途中でブレテ学校を辞めるなんてことだけはないようにな」

 バレンの言う通りだ。

 トウは答えがいま見つからないならそれほど深入りすることなんてなかったと気付かされるのであった。

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