第2章 自分の進路で悩む 4

 オールホームから乗り物で五分で辿り着くのがクリストキントが住む「天使の教会」である。トウとバレンは約束通り教会にやって来た。

 大きな扉を開けると中はたくさんの椅子が並んでいた

「ここは礼拝や結婚式で使用する会場、資料室はこっち」

 突如現れたクリストキントは先程会った時と服装が変わっていた。汚れた服を着替えてキレイな服に取り替えていた。

 資料室までの一本の長い通路にはたくさんの部屋があった。ほとんどの部屋は団体客が使用する部屋となっており、各部屋の入口には「ホクシの町をキレイにしようの会」、「世界の平和を守り隊」などと書かれた紙が貼られていた。

 通路の端にある部屋が資料室である。その部屋の入口だけは、教会の入口と同じぐらいの扉でできていた。

「ここよ!」

 先導していたクリストキントは資料室の扉を開けた。資料室はシャクシャクの城の図書館よりも少し広くて本もたくさんあった。資料室には一人の男がいた。

「この教会の責任者でクリストキントの父のビポンズ・レースダークだ。母は離婚してここを出て今はクリストキントと二人で暮らしいてる。もうすぐ一人暮らしだがな。まぁ私はモテるから母さんのような良い女はすぐに見つかるはずだ。神父の私が離婚していることはくれぐれも内緒でな。それで、シャクシャクのお孫さんは……」

「僕です。よろしくお願いしますレースダークさん」

 トウは握手をした。レースダークは驚きと喜びが隠せない様子である。

「それとゲザミネロードくんだよね?君の母さんがよく礼拝に来るんだよ」

「母さんが!?知らなかった。たしかに母さんは秘密主義なところがあるからな」

 バレンは驚いて自分の母のことを思い出した。

「パパ!もういいでしょう。仕事があるんじゃないの?ほら早く行ったほうがいいよ!」

 クリストキントは父を追い出すように資料室から出した。大柄の男を押して部屋から出したため少し疲れて大きく息を吐いた。

「神父なのに随分と気さくな人だな」

 バレンは言った。

「パパは昔の価値観や偏見を変えていきたいと思っているの。だから礼拝する十字架の前でも離婚していることや周りに秘密を抱えている人がいることを面白おかしく言うの」

 クリストキントは手振りで二人を誘い込んだ。

「早速だけど本題に入りましょうか。右から六番目の棚、そこにたくさんの伝記が置いてあるの。ほらここにサンタクロースに関わりのある人物がたくさん。イエス・キリストやセント・ニコラウス、クネヒト・ループレヒト」

「この人達の本なら俺の家にもあるよ。俺の家は村一番でかくて城と呼ばれているんだ」

「でもこれはないでしょうね。ユールラッズのステキャルストゥイル」

 クリストキントは汚くて古い大きな本をトウに渡した。

「そのユールラッズは何者なんだ?」

「本に書かれているとおり、雪の技を生み出した者よ」

 トウはあるページの文章を読んだ。


 ステキャルストゥイル


 ユールラッズの一人である彼は、他のユールラッズと同様に、レインランドの活性に力を入れ人々にキリストの教えを広めていった。彼は細長いでこを持っていたため、出身地であるサムイ町には細長い岩がいくつも置かれるようになった。

 彼の功績でもっとも有名なものは、ユールラッズの技を初めて発動して研究したことである。ユールラッズの技というのは特殊なDNAを持つ者が鍛練によって得られる技術である。かつてはそれらの技を別名義で呼ぶ者もいたが、レインランドの別領域の文化を除いて統一されて「ユールラッズの技」と呼ばれるようになった。

 ユールラッズの技には雪の技、炎の技、水の技、雷の技、草の技、土の技、風の技、それと新たに人的科学力と組み合わせて発動できるようになった毒の技が存在する。ステキャルストゥイルは雪の技を発動することができ、自らの技を研究した。


「ユールラッズの技が遺伝が関係しているというのなら、そのユールラッズはあなたの祖先であることはたしかね」

「俺さ、そのユールラッズっていうのがよくわからないんだけど、この本にはユールラッズ自体が何者なのか詳しく書かれてないよね。この人なんていつ生きていつに亡くなったとか詳しく書かれてない」

 バレンは言った。

「他の本にはユールラッズは神の子ような存在で、神という親がいくつかのユールラッズを産み出したとされているそうよ」

 バレンのクリストキントがユールラッズについて語っているとき、トウは黙々と他の本を探って調べていた。

「熱心ね」

「他のユールラッズについて調べたいと思ってね。この人は雪の技が発動できてその雪の技の研究をしたようだけど、雪の技以外の技がどこかに記載されてないかなって。今後戦闘で雪の技以外の技を使うものが現れても対処できる気がするんだ」

「残念だけどここの教会にあるのは雪の技についてのことだけよ。でもほら見てこの本。私にはあまり関係ないけど、技の発動の仕方とか書かれているわよ」 

 クリストキントはトウに本を渡した。

「これ借りてもいいかな?」

「どうぞ!返すのはいつでもいいわよ」

「ユールラッズって何者なのだ……謎に包まれた存在だな。まっ、どうでもいいけどね」

「謎に包まれた存在……」

 トウはバレンの一言で不思議とコンのことを思い出していた。

 突然バレンはレインランドの歴史の本を開き始めた。ユールラッズについて正解が掴めなくて興味を失ってしまい、役立つことを調べることにした。

「そこにユールラッズの書いてない!?」

 トウは読んでいる本を勢いよく奪いとった。バレンは癇癪をしたが、トウが本に夢中になっているためすぐに治まった。


 レインランドの歴史


 この国の始まりは今から千年前と言われている。それまでは無人の島で、ただ多くの動物が生息するだけであった。

 ある日、漂流して島に着陸した者達が島に住むようになってから、島の人間と動物は多くの争いを繰り返すようになった。長い年月が経ち、人間と動物はある境界を栄に領土を奪い合うことを止めた。それがレインランドマウンテンである。争いが幕を閉じると人口が増えていき、人間は社会を形成するようになった。そして島に名前を付けることにした。島の名前は「レインボーアイランド」。天まで昇る巨大な山が中核にあり四方を海洋に囲まれている。また様々な地形によって様々な環境が存在する。

 レインボーアイランドに初めて島の住人以外の者が訪れたのは二百年経ってからのこと。日本から来た海賊キャプテン・ロブッチは、巨大な船の「ロブッチ号」で数十人の部下を連れてやって来た。

 ロブッチはこれまで様々な国を冒険することを生き甲斐にしていた。彼がレインボーアイランドに来たのは日本に戻る時に道を間違えてしまったことにより発見したという単なる偶然である。

 ロブッチはレインボーアイランドについて自身の日記に記すことにした。日記には次のことが書かれている。

 

 レインボーアイランドの住人は我々日本人と同じく日本語と時々微かな和製英語を使う。生活も我々と変わらぬ生活をしている。ただ違うとするならば、島には珍しい動物がたくさん存在する。ペガサス、グリフィン、ドラゴンの伝説の生き物と呼ばれている存在だ。それと、我々は外国から輸入に頼っているが、彼らは完全自給自足の生活をしていた。まるで鎖国時代のあった日本を思い出すかのような状態であった。我々と出会うまでは。それにしても外部の力を頼らずにここまで生活できるなんて、彼らの生活力は素晴らしいものだ。

 一つ面白い話がある。そう、彼らは外部に人が住んでいることなど存じなかった。彼らはレインボーアイランドのみが世界であると思っていた。そのため、海のはしっこは崖になっていて、島を一匹の超巨大な亀とその上に何頭かの象が支えていると考えていた。地球平面説にちなんでレインボーアイランド平面説と言ったところだろうか。

 ここで一つ謎が残るのは、彼らの祖先は本当に漂流したのかということだ。もしそうだとしたらレインボーアイランド平面説なんて考えないはずだ。

 彼らは我々と同じく国の歴史について残す習慣はあるものの、なぜか二百年前の記録がどこにもないのだ。それは人間の生活の痕跡だけでなく、動物の死骸などからもわかる。まるで彼らやその動物は二百年前に突然現れたのかもしれない。だがそんなことを誰かに伝えると揃いも揃って私のことをバカにして笑い者にするので、ここだけの話にしよう。

 私は一度日本に帰国することにした。ここで国の名前が変わってしまうという一大事が起きてしまう。理由は伝達が不正解だったからだ。私が島に着いた時、たまたま雨が降っていた、ただそれだけのこと。だが私の部下は帰国後にレインボーアイランドは雨がたくさん降る国だと伝えてしまった。そのことが広まりいつしか抄訳されるようになって「レインランド」と呼ばれるようになった。

 いつしか島の住人もレインランドと訳すようになった。

 アメリカのことを「米国」と略称するように、レインランドのことを「雨国」と略称するようになった。

 雨国の者だから「雨人」という言葉も生まれた。数年経つと雨人は真似するようにレインランドの住人でない者を「雨外人」と呼ぶようになったのでこれまた面白い。

 「雨人」という言葉のせいで、イメージからレインランドの住人は雨に濡れてビチャビチャで汚くて臭い者と考える者ができた。日本人が雨国を蔑むようになったのはそこからだろう。

 ロブッチは雨国に非常に興味を持ったため世界を旅することを止めた。老いた頃は日本とレインランドを行き来するようになったという。それだけレインランドは世界を冒険する彼を魅了させる何かがある。他の国にはない何かが。


「……そこにユールラッズのことなんて書かれてないわよ」

 クリストキントのその一言により夢中で読み漁っていたトウの耳に響いて、読むのを止めた。

「うん、でもレインランドのことを少しでも知れたからよかったよ」

「そんなの家でもやれるだろ。お前の城には図書館があるんだから。そんなことよりそろそろ夜になるからどこか居酒屋に行こうぜ。せっかく高校も卒業して店で飲み食いしても平気な歳になったんだ。一緒に来るか?」

 バレンはクリストキントをちらりと見た。

「それなら二人とも今日はここで食べていつったら?パパもきっと二人と話したいだろうし」

 言われるがままにトウとバレンはクリストキントに着いていった。トウはクリストキントには、人を誘いこむ不思議な力でもあるのではないかと思った。

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