第2章 自分の進路で悩む 2
靴屋を後にした後、トウはバレンの買い物を手伝っていた。バレンはスマホに書かれているメモを見ながら歩き、トウはバレンの買った荷物を両手いっぱいに持たされていた。
「まだ買うのか?ここでこんなに買わなくてもサウーロに行ってからでもよくないか?」
「父さんの知り合いの引っ越し業者に頼んだら無料でいくらでも送ってくれることになったんだ。それに面倒なことは入学前に済ませたくないか?」
たしかにと思い、トウは仕方なしにバレンの手伝いをするしかなかった。昔からバレンと遊ぶとなると何かしら手伝わされたりしているからもう慣れてしまった。
「トウは買い物しないのか?結局ブーツも買わなかったじゃないか」
「大丈夫だよ。必要な物はもう揃っている。あと何が足りないんだ?」
「あとは薬草学で使う材料だ。『エノルチン』、『海草茶』、『虎の尾』、『ドラゴンミルク』、これらを各自用意することだってさ。薬局に売っているのかな?」
バレンはスマホに添付してある文章を読んだ。
「どうだろうな」
「トウはどこで買ったんだ?」
「俺はお父さんやお爺ちゃんが持っていたのを少し分けてもらったから」
二人はデパートの中にある「ホクシ薬局」に入った。
偶然にもバレンの必要な材料と同じ物を購入しようとしている人に遭遇した。その人は他にも、『ネズミラクダの骨』、『サウーロ草』、『クリオネのハート』、『緑蜂の蜂蜜』、『アルーパ樹液』を購入している。
「あなた達はノイルッシュの新入生?」
向こうから話し掛けられた。
ある材料を買っているだけなのにノイルッシュの入学生だとバレるとは思いもしなかった。バレンは「はい、そうです」と答えた。
「私は今年の三月にノイルッシュを卒業して四月から教員として働くの。ガンダル・ベファーナよ。担当する授業は薬草学」
トウは驚いた。女性に年齢を聞くのはあまりよくないとはわかっているが、聞くところによるとベファーナ先生はトウの四つ年上である。自分と差ほど差のない世代なのに大学教員をやるなんて嘘みたいだ。
ベファーナ先生はとても親身になって話してくれた。年齢もたいして変わらないからなのかすぐに打ち解けた。トウの自己紹介の時に祖父がシャクシャクであることを話しら、ベファーナはとても驚いていた。
しばらく話した後、別れ際に「もう少し話さない?」と言われたので、フードコーナーで昼食を一緒に取ることになった。最初はお爺ちゃんのことについてたくさん聞きたかったのかと思っていたが、後からただのお喋り好きな先生なだけだとわかった。
トウとバレンはハンバーガーにポテトを食べ、ベファーナは大きなちくわの入った蕎麦を食べることにした。
「ノイルッシュの獣医学を専攻して獣医師国家試験に合格したの。授業では病気になった動物を治療したわ」
「獣医学ということは六年制ですね」
バレンは言った。
「そうよ、二人は四年制かな?」
「はい。あの質問いいですか?」
トウは少し緊張していた。ベファーナは優しく「いいよ」と言ってくれた。
「ベファーナさんはサンタクロースを諦めたのですか?それとも平行にやろうとしているのですか?」
「そうね……ノイルッシュを卒業した人はこれからその質問をたくさん受けることになる。私は私の思うサンタの仕事をしようと思っているだけ。それがクリスマスシーズンではなくともね。だってトナカイがいつ病気になるのかわからないからね」
トウは目の前にサンタクロースになることしか頭になかったので、頭の中が広がるような感覚に陥った。よく考えてみたらシャクシャクですらサンタの仕事の他に、オモチャ工場を営んでいるではないか。
トウが考え事をしていると、隣に座るバレンが「僕も質問していいですか?」と言った。ベファーナはコクりと頷いた。
「ノイルッシュの獣医学生がある獣医師のメンバーとレインランドマウンテンに登ると聞きます」
「えぇそうよ。よく知っているわね。知り合いに兵隊さんでもいるのかしら?」
「父がそうです。あの山は人間は一般人は立ち入り禁止のはずでは?」
レインランドマウンテンとはレインランドでもっとも高く、国のど真ん中に存在する山である。山頂までは人が歩けるような道は整備されておらず険しい。
「えぇ、そうよ。あの山には凶悪な野性動物がたくさんいる。とても人間が敵う相手ではないわ。でも人間はあの山に行ってはいけないことがわかっていても、山の麓にいる動物は間違えて入ってしまうことがあるの。毎年、凶悪な動物に襲われて傷付いて麓に戻ってくる動物が後を断たないわ。人間は動物を手当てするために山の一合目まで登って危険を冒すの。だから私も一合目までしかいったことがないの。弱い学生だとあの凶悪な動物には敵わない」
「弱い」という言葉にバレンは引っ掛かった。
「ですがなぜノイルッシュの学生をわざわざ連れていくのですか?」
「それはね、獣医の知識のあるサンタクロースだからよ。サンタクロースっていっても私は学生だったけどね。それと凶悪な動物に立ち向かえる強さのある者。それらが条件よ」
今度は「強さ」という言葉に引っ掛かった。
「あの……強いとか弱いとか、さっきから何のことですか?」
「それはね……入学したらわかるわよ。ノイルッシュではどこの本にも記載されていないことも習えるんだから」
「ライト法ですか?」
トウはすぐに答えがわかった。
「そうよ。さすがシャクシャクのお孫さんね」
「なぁ、なんだよそれ?」
「俺も詳しくは知らないけど、サンタクロースだけが使える特有の技らしいぜ。俺もまだ使えないけど」
バレンは口を鼻につけて両手を頭の後ろにくっつけて椅子に寄り掛かって「ふーん」と言葉を発して深いため息をした。
トウはそんなことより自分の進路のことが気になっていた。突然トウは話題を変えた。バレンはレインランドマウンテンについてもう少しだけ話したそうにしていたが、そんな要望など無視して自分の聞きたいことを聞いた。
「バレンはどうなんだ?ノイルッシュで何を学ぶつもりだ?」
「そうだな。俺は取り合えず資格の取得できるカリキュラムで教員免許を取得しようと思う」
なるほどと思い、トウは頭の中で絶対に解けないパズルを組み立てていた。すると「トウはどうなんだ?」と一番聞かれては困る質問がきてしまった。困惑してしまった。
「大丈夫よ。ノイルッシュに入ってからでもカリキュラムを変更することができるわ。トウ君がどんな選択をしてもそれは人の役に立つような仕事だと思うし、人に迷惑の掛けるような人にはならないわよ。ノイルッシュを卒業してブラックサンタクロースになる輩もいるけど、トウ君なら正しい道を進んでいけるはず」
「ブラックサンタクロースって悪いサンタクロースですよね?さすがにあれにはならないですよ」
トウは嘲笑った。ベファーナはくすっと笑った。
昼食を終えてベファーナと別れた後もトウの心は不安だった。自分は卒業した後のことを真剣に考えてなかった。そんな自分が恥ずかしくしょうがなかった。
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