第2章 自分の進路で悩む

第2章 自分の進路で悩む 1

 次の日、トウはマッシュヘアについた寝癖を整え朝食を済ませて、ヴィクセンに乗ってホクシに移動した。

 ウツクシ村から約一時間、ホクシに近付くにつれ田んぼと畑ばかりの道が少しずつ建物と人だかりが増えていった。

 ホクシデパートの屋上の駐輪場にヴィクセンを待機させたあと、屋上から中に入って待ち合わせ場所に向かった。

「お待たせ」

 中に入ると映画館となっており、待っていたのは、トウの幼なじみでホクシに住んでいるゲザミネロード・バレンであった。バレンは高身長であるため、人だかりの多い場所でも簡単に見つけられた。

「原付で来たんだ。大学合格祝いに親父が買ってくれた」

 二人は何気ない会話をしながらデパートの一階にある靴屋に辿り着いた。

 オシャレな店が多いなか、目的の靴屋だけ古くて寂れていた。入口には傾いた看板に「アムストクーの靴屋」と表記されている。

「本当にここで買うのか?」

 トウは不安げに言った。

「当たり前だろう。前にも言ったけど、歴代のソリレーサーのほとんどはこの靴屋でブーツを買っているってネットの掲示板に書いてあるぞ!」

 バレンはトウにスマホでネットの掲示板を見せた。

「たぶんだけど、この店の宣伝で書いただけだと思うんだが」

「百聞は一見にしかずだ。中に入ろうぜ」

 トウはバレンの後ろについて恐る恐る中へ入った。

 中はたくさんの靴が棚にぎゅうぎゅうに置かれていた。

 レジの所から「いらっしゃい」と店主のアムストクーが小さな声で言った。客はどうやら自分達以外は誰もいないようだ。

 アムストクーが何回かこちらの様子を伺うように目を睨み付けていた。おっかない顔の黒髭の男がレジの後ろでブーツをドンドンと叩く姿に二人は怯えた。

 すると店の雰囲気に合わない同い年と思える女の子が店に入ってきた。女の子は怯えることなくレジの方に近付いた。

「注文したビポンズ・クリストキントです」

 クリストキントは一枚の紙をアムストクーに渡した。アムストクーはレジ後ろにある棚からブーツの入った袋をクリストキントに渡した。

「これだね。きちんと仕上がっているよ」

 クリストキントは袋からブーツを取り出して欠陥がないかを確信したあと、再び袋に入れた。ブーツにはこの店で使用するロゴが示されていた。

「ところでお前さん達、そこで突っ立てないで、靴を見るなり用件を言うなりしたらどうだい?まぁ、この時期にここに来るのは、ノイルッシュに入学するのに焦ってブーツを買いにくる若僧だって決まっている」

 アムストクーは声をあらげて小馬鹿にしたような態度を取った。

「僕達ブーツを買いに来たのですが、この店のブーツを履いたソリレーサーが何度も優勝しているというのは本当ですか?」

 トウは恐る恐る言った。

「その記事なら本当だよ。こっちを見てごらん」

 クリストキントの示した所に行くと、壁一面に歴代のソリレースの出場者の集合写真が額縁に飾られていた。第一回目から去年の第八十二回目まで飾られている。

 額縁には優勝者の名前が刻まれていて、優勝者は決まってセンターに写っている。そしてブーツにはアムストクーの靴屋が使用しているロゴが入っていた。

 トウは「あっ」っと思わず声を出してしまった。ブーツの他にも気になってしまったことができた。第二十四回から第三十四回までネイルスタースミス・シャクシャクと記されていた。

 古い大会の写真は白黒はあるが、若い頃のシャクシャクの姿が写っていた。城のアルバムで何度か見たことはあったが、久し振りにみてみると、今の自分の顔と変わらぬ姿をしていて変な感じがした。

 シャクシャクは運営側になるまで毎年参加していたようで、シャクシャクが年老いていく姿が写真でわかる。

「どうするんだ?買うのか?買わないのか?」

 アムストクーがせかしてきた。

「僕は結構です」

 シャクシャクから使用していたブーツを拝借すれば済む話じゃないかと考え断った。

 トウは断ったが、バレンは「お願いします」と言ったあと、靴のサイズを測り型を取ってもらった。

「私はクリストキント、今度ノイルッシュに入学するの。あなた達も?」

「そうだよ。俺はネイルスタースミス・トウ、あそこにいるのがバレン。俺達は幼なじみなんだ」

「そうなんだ、よろしくね。あれ?もしかしてシャクシャクの……」

「うん、祖父だよ!」

「そうなんだ。それじゃああなたとはソリレースで優勝を争うことになりそうね」

「君も出場するんだ」

 アムストクーが部品を取りにレジ後ろのカーテンを開けた。カーテンの奥には真っ黒顔のズワルトピートの男が二人いた。アムストクーはすぐに戻ってきてカーテンを閉めた。

「ところでお前、シャクシャクの孫なんだな。話が聞こえたからよ。本当にブーツはいいのか?」

「祖父から頂くので大丈夫です。ところでアムストクーさん、カーテンの奥にいるのって」

「もしかして知らないのか?シンタクラースの部下の……」

「知ってるよ。ズワルトピートですよね?なぜそのシンタクラースの部下が靴屋で働いているのですか?」

「クビになったから雇ったのよ。ただそれだけだ」

「シンタクラースって……サンタクロース協会の人だよな?アムストクーさんは随分とサンタクロースと繋がりがありますね」

 バレンは言った。

「当たり前だろう。俺もノイルッシュに通ってた。大学三年の時にサンタクロースじゃなく靴屋になることを決意した」

「だからあんなにソリレースの写真が飾っていたのか」

「校長のノエルとは昔からの仲でな。写真を集めているって言ったら毎年のように写真を送ってくるようになった」

 アムストクーが写真を飾っている壁に近付い途端、真っ黒なマントを羽織る年輩の老人が店に入ってきた。アムストクーは「いらっしゃい」と言ってすぐにレジに戻っていった。

「私はてっきりサンタの服で登校しないといけないと思っていたけど、私服でいいみたい」

「お爺ちゃんが通ってた頃は年中サンタの服だったらしいよ。夏になると暑いからっていう理由で私服でもいいことになったんだって」

 トウは知っている知識を言うことができて清々しかった。

「お客さんもノイルッシュに通うのかい?」

 アムストクーは言った。

「いいや、そうじゃない」

「隠すことはねぇよ。あそこは年輩の者の方が若い者より多くいる」

 客は黙りこんだ。答えたくないようなのでこれ以上聞くことを止めた。

 客は指でバレンの指定したブーツと同じものを作るように伝えた。

 そうこうしている間、クリストキントはトウとバレンと別れて店から出ていった。

「ちょっと待ってくれ!こっちの客の寸法がまだ測り終えてないんだ」

「あんたさっき客と話してなかったか?店の外からも聞こえたぞ」

「悪かったよう。昔のことが懐かしくなってな。急いで終わらすから向こうのベンチで座って待っててくれ」

 アムストクーはバレンを呼び出して、再び寸法を測り始めた。

 客はトウの座っているベンチに座った。二人はベンチの端と端に座っているため、人一人入るスペースが出来ていた。

「君はあのシャクシャクの孫かね?」

 トウは急に話し掛けられたことにビクリとしたたが、客が自分達の会話を店の外から聞こえていたということを瞬時に理解して「はい」と答えた。

「おじさんはサンタクロースですか?」

「そうだ。私の名前はマクートだ。よろしくな」

「トウと言います。ネイルスタースミス・トウ」

「ノイルッシュに通うということは、君もシャクシャクと同じようにサンタクロースになるということだな。シャクシャクはサンタクロース協会理事会長を勤めて、雨国では絶大な信頼を得ているというじゃないか」

 トウはマクートの「雨国」という言葉でマクートが外国人であることがわかった。レインランドで暮らしている者は自国をそのように呼ぶことはない。

「おじさんってここの国の人じゃないだね」

「よくわかった。あぁ、そっか、雨国とか雨人とはこの国の者は言わないんだったな。勉強になったよ。それだけで外国人だとバレてしまうんだからな。日本にいたんだ。雨国に来たのは初めてだ」

「どうしてホクシにいるの?」

 マクートは黙りこんでしまった。聞いてはいけない失礼な質問だったと思い、話題を変えようとした。

「……自分探しの旅だな」

 トウはマクートがとっさに思い付いた嘘を言ったことに気付いたが、これ以上は深く聞くことを止めた。










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