第1章 サンタクロースになりたい理由 5
城に戻ったトウはクリスマスエルフがキレイにした部屋を見た。トウが最初に向かったのは、二階の自分の部屋ではなく、リビングルームだった。
その部屋には大きなテレビが置いてあるが、部屋に小型テレビが置かれるようになってからはあまり見ていない。それには原因がいくつかあるが、主に母のエナンと母の双子の姉のアナンが仕事部屋として使っているからだ。夕食前、トウは二人の仕事が終わった頃を見計らってやって来た。
エナンとアナン、双子な故に見た目はほとんど変わらない。長い髪を茶髪に染めるところも一緒である。見た目は一緒だが中身は違う。トウは小さい頃からエナンが優しくてアナンが横暴という区別をつけている。
「二人はどうして作家になったの?」
二人は共同作家として働いている。
トウは「お爺ちゃんがサンタクロースだから」とコンに言ってはいたものの、なぜ父の農業や母達の作家を選ばなかったのだろうとふと疑問に思っていた。そのため、なぜ親がその仕事を選んだのか聞きたくなってしまった。
考えてみればこんな質問をあまりしたことがなかった。最初に答えたのはエナンだった。
「たしかアナンがやろうって言ったのよね。それで何となくやる流れだったからやり始めたの。それで今に至っているわね」
「暇だったんだよ。エルフが来てから城の家事の全てをやらなくなってな。それでエナンに『何か暇潰しになることはないか?』って聞いたら、数分後にはパソコンの打ち込みが始まっていたな」
トウは二人が作家になったのきっかけが何となくわかった。しかし、まだ自分のモヤモヤは消えていない。本当にほしい答えというものが聞けていなかった。
「サンタクロースのお爺ちゃんに聞くのが一番なんじゃないの?」
そんなことはわかっていた。お爺ちゃんは夕食前に家族全員が集まる食堂で聞ける。
「二人は作家になって何がしたいの?」
「なにって……そりゃあ金儲けでしょう」
「たしかにアナンの言う通りよ。でも次第に誰かを感動させたいと思うようなったわ」
なるほどと頷いた。
少し自分達の仕事道具を片付けてから行くから先に食堂に向かうように言われたので、リビングルームを後にした。
食堂に入ると、アートとシャクシャクが大きな丸いテーブルに既に座っていた。
アートは携帯をいじって何かをやり、シャクシャクは右の人差し指から微量の雪の技を出して食事が運ばれて来るまで暇潰しをしていた。
「仕事について聞いてもいい?」
やはりこの質問がしたかった。トウはエナンとアナンと同じように聞いた。最初にアートが語ってくれた。
「俺は農業がやりたかったんだよ。俺の作った食材をみんなに食べてもらいたいんだ」
「どうしてお爺ちゃんみたいにサンタクロースにならなかったの?」
「お爺ちゃんにはサンタクロースになるようにせがまれた時期もあった。だが俺はどうしても俺のやりたいことがやりたかったんだ」
なるほどと思った。次にシャクシャクの方を向いて聞いてみた。
「ホッホッホッホッ、内緒じゃよ」
シャクシャクはいじわるしてきた。
「トウよ。お前さんには答えが見つかっているはずじゃろ?ワシはトウと同じ理由じゃよ」
「同じ理由って……お爺ちゃんのお爺ちゃんはサンタクロースだったの?」
「いいや、ただの麦わら帽子を作る職人じゃよ」
「えっ、どういうこと?」
「ワシがサンタクロースになったのは、ただの成り行きじゃよ」
トウはますますわからなくなってしまった。自分がなぜサンタクロースになりたいのかと言うことが。
「いずれ答えが出たらあとはその道を突き進むだけだぜ。そしたらお爺ちゃんみたいに立派な城を建てることが出来るようになるかもしれないぞ」
たしかにと思った。シャクシャクはサンタクロース理事会長で、普通のサンタクロースと違ってクリスマスシーズンでもない日も多忙であった。しかし、その分の仕事量と周りからの信頼のおかげでたくさんの報酬を得られるようになった。
生まれてからなに一つ不自由のない生活を城で過ごしたトウは、もうすぐその城を出て新しい生活が始まる。城を離れる日が近付くまで城が造られた要因なんて考えることはなかった。
シャクシャクの城
村の住人に城と呼ばれるほど、おとぎ話に出てくる城そのものである。アートの畑とオモチャ工場とトナカイの小屋とクリスマスエルフの寮を含めると、全面積は相当のものになる。
構造は三階建てで、一階はLDK(リビング、ダイニング、キッチン)のある空間、二階は各寝室と図書室、三階は映画館とプール付きのトレーニングルームなどがある。寝室は外庭と中庭が見えるようになっている。
城の家事はオモチャ工場で働くクリスマスエルフがやる。トナカイの小屋は前にトナカイがクリスマスエルフを間違えて食べようとしてしまったので立ち入り禁止となった。
シェフと六人のコックのクリスマスエルフがワゴンを押してやって来た。小人の妖精であるため、ワゴンを押すのも大変である。
この日はピザとシチューとスパゲッティだった。
「さぁ食事になったから仕事の話は終わりな」
料理が並び終えるとエナンとアナンがやって来た。
いただきますの挨拶をすると、アートとシャクシャクは豪快に食べ始めた。共同生活の中で唯一全員が集まる時間が食事の時間、それ以外の時間は各自好きなことをしている。
「そういえばトウ、入学の手続きは終わったの?」
お気に入りのハーブティーを一口飲んでからエナンが言った。
「まだもう少し、明日ホクシで必要な物を買いそろえるよ」
「わざわざ隣町まで行かなくても、ウツクシ村でも色々と買えるじゃない」
「わかった、遊びたいんだろ?なぁトウ」
「いいだろ別に。いつまでも子ども扱いするなよな!」
トウはアナンに声をあらげた。
「遊び心が少しぐらいあるほうが俺は好きだぞ。ミイはトウと違ってかなり真面目だしな」
会話は食後のプリンが出てくるまで続いた。プリンを食べ終わった者から各自でごちそうさまをして食堂を出た。トウは考え事をしながら食べていたので一番最後になってしまった。
入浴を済ませたあと自分の寝室に行ってノイルッシュの入学証を見ていた。
入学証
受験番号 N968100
氏名 ネイルスタースミス・トウ
上記の者のノイルッシュに入学を許可する。
トウは不思議と入学証に目が釘付けとなった。これから人生が進んで行くんだなと心で思った。そして急に昔のことが懐かしく思い、本棚にあるアルバムを見始めた。
特にお気に入りのなのは、六歳の頃にトウが初めてシャクシャクの空飛ぶソリに乗った写真である。ソリには大喜びのトウと怖がるアナンが乗っていた。
大切な思い出は部屋に置いていくことにした。アルバムと小さい頃に使っていたオモチャの数々、それとクリスマスに使用していたサンタクロースがプレゼントを入れる靴下。
その靴下を見て、今度は自分が子ども達にプレゼントを渡す側なんだと改めて実感していた。
昼間の紫色リンゴ採りで疲れてしまい、少し早いけどベッドに入って眠ることにした。ベッドで横になって目を閉じた途端、トウはある結論に至った。
ノイルッシュに通うことでサンタクロースになりたい理由が見つかるかもしれないし、やりたいことが変わるかもしれない。
「子ども達を喜ばせたい」今はこれがサンタクロースになりたい理由なのかもしれない。
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