人斬りの世界

沢山の人がいる。

いや、沢山の人斬りがいる。

ひなのの住む町よりも、もっと賑やかな商店街だ。



ひなのは、誰の顔も見ないことに決めて、前を行く彼の足元だけをひたすら見つめる事にした。


だって、人斬りの顔なんて見たくないもの。

今まで人を殺した犯罪者がうようよいるのに、その人達の目なんか見たくない。



こんな人斬りだらけの場所で唯一の頼りは、同じく人斬りのこの男の足だけなのだから皮肉なものだ。



・・・みんな、絶対こっち見てるんでしょ。ひそひそ話しどころか、どよめきやざわめきが聞こえる。



やだ、やだ。


もともと、注目されるのも嫌いなんだから。だから仕事だって、オフィスにこもりっきりの事務にしたし・・・!

そんなに見ないで・・・!


すごく心細くなって、ひなのはこっそりと彼の服の後ろを掴んだ。

薄紫色の、和服のような柔らかい服。


こんな人斬りの服の感触ですら、ここを歩くための少しの力になるようだった。


「ちょっと、ここで待ってて。喉乾いた」


えっ?


せっかく頼りにしていた男の発言に、びっくりしてつい顔を上げてしまった。


嘘でしょ?この状況で、私を置いて飲み物買いに行くの・・・?


そこは、まるで夏にやるお祭りのような町だった。

屋台もあれば、昔ながらの瓦屋根の建物もある。

彼はあろう事か、ひなのを置いて店に入って行ってしまった。


離れないでって言ったの、そっちじゃない・・・!!


ひなのはガチガチに固まって、直立不動でそこにいた。



誰も、話しかけて来ないでお願いだから・・・!!



「おい、ちょっと」 


「!!!」


背中が、恥ずかしいくらいに、ビクッと動いた。


「おい、無視してんじゃねぇよ」


声は明らか女なのに、ひどく口の悪い言葉が背後から飛んでくる。


ひなのは、振り返らなかった。


違う。違う違う違う。私に話してるわけじゃないよ、絶対。・・・ねぇ、早く帰ってきてお願いだから!!



「おい、お前に話しかけてんだよ、人間!」

「痛っ!」


突如、頭に激痛が走った。

背後からむんずと髪の毛を鷲掴みにされると、顔を後ろに向かされたのだ。


そこにいたのは、昔の日本人のような、黒髪をアップしている女だった。

真っ赤な着物、真っ赤な唇、真っ白な目。


「こっちこいよ」

「いたたっ、痛い!」


女は何故かとんだお怒りのようで、髪の毛を掴んだまま、まるで奴隷のようにひなのを歩かせた。


引きずられるようにして、店と店の間の狭い道に連れて行かれた。



・・・最悪、もう何なの!


女は突き飛ばすようにひなのを離すと、ひなのはドンっと壁に背を打った。



「・・・何するの・・・?」


「お前なぁ、なんだか知らないけど、ここに来る許可が下りたみたいじゃねーか。

一体何をした?空牙(クウガ)を操ったのか?

人間のくせに生意気な!!」



ドンッ!!



もう一度、肩を突き飛ばされて壁に背を打つ。


「あなたは何を怒っているの・・・?

何だか分からないのは、私の方よ!

来たくて来たわけじゃないんだから!」


ひなのも、負けじと叫んでしまった。


あれ、案外怖さってないのかな。

私って、実はすごく勇敢なんじゃない?



「黙れ!!お前みたいなやつが平和町にやってきて、人斬りのあたい達が斬ることを許されないなんて!


空牙に護衛されて、ユノ様の元へ行くなんて、この身の程知らずが!!


お前なんか、あたいがここで切り裂いてやるッ!!」



クウガとかユノサマとか、そんなの知らないよ。どうせ人斬りでしょう!


・・・でも多分、護衛・・・ってことは・・・

今こんな危険な状況の中、のんきに飲み物を買っているあの男が、空牙って名前なのね。



それで私は、空牙に連れられてその、ユノ様とか言う人斬りの元へ連れて行かれる・・・と。



切り裂いてやる、と言う割に刀を見せない女。

というか、刀持ってないんじゃない?


「私を斬ったら、あなた怒られるんじゃない?


そのー・・・空牙って人に」

「・・・!あんなやつに怒られようが、そんなことどうでもいい!」

「そうかよ」


「!!」


ひなのと女は、路地の入り口を振り返った。

片手に缶コーヒーを持った男が、着物をはためかせながら立っているではないか。


「遅いよ・・・!」


ひなのは、思わずそう訴えた。


「空牙・・・!お前、本当にこいつをユノ様の元へ連れて行く気か?!」

「あぁ、うん。そうだけど」

「人間だぞ!本来ならとっくに斬られているはずの、忌まわしい血の女だ!」


「でも、連れてくことになったんだから仕方ないだろ。

邪魔するなら君でも斬るけど、麗憐(れいれん)」


女はしばらく空牙を睨むと、さらに冷たく殺意のある眼差しで、ひなのを睨みつける。


こんなに悪意を持って、人に睨まれたことなど今までになかった。


血の気の無い乳発色の瞳。

濁ったグレーの瞳孔。


・・・悪意のある目を向けらるって、こんなにも・・・

なんて言うか、こんなにも苦しいんだ・・・

私何もして無いのに・・・!



しばらくすると、麗憐と呼びにくい名前で呼ばれた女は、あからさまに強い舌打ちを残し、その場を去っていった。


「さ、じゃ行こっか」


そして、まるで何事も無かったかのように、男ー・・・空牙はくるりと背を向けた。


いいところで登場したわりに、まるでヒーロー感がない。



もっと、カッコつけてもいいのに・・・。

と、そんなことすら思ってしまった。


「あの、名前」

「え?」

「空牙(クウガ)って、あなたの名前?」


「・・・そうだけど。火々谷 空牙(ヒビヤ クウガ)。君は?」


そっか、そういえば名乗って無かったよね、お互い。


「弥ノ亥 ひなの・・・20歳」


この人は、何歳なんだろう?

ちょっと歳上に見える。26とか27とか・・・そのくらいかな。


「ふぅん。俺は18歳」

「え!!!」


いやいや、待ってそれはない!

こんなに大人っぽい風格で、神妙ないオーラで・・・歳下ってことある?!


「人斬りって、私達と歳の数え方違うの?」

「んなわけないじゃん、化け物じゃないんだからさ。俺だって、君が歳上だとは思わ無かったよ」


うわー・・・そうだよね。


「どうせ童顔だもん」

「まぁ、老けて見られるよりいいでしょ?」

「それはそうだけど・・・あなたが歳下なのが、信じられなくて」


なんて言うかー・・・

見た目もそうだし、歳下なのにって言ったらあれだけど・・・


こんな歳で、人斬りをしなきゃならないなんて。



この人は、何を思って生きているんだろう。



不思議なんだよね。

この人の後ろを歩いていても、何も感じないの。


若さも、生き生きしている感じも・・・。



「まぁ、君達に比べたら、そう見えると思うよ。だって生き方が違うんだから。


・・・さ、もう着くよ」



・・・何故だろう。

そう言う彼の背中から、その時だけー・・・


哀愁のようなものが、感じられた気がしたー・・・


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