ユノ
周りの騒がしさが消えてきた。
ずっと、意識を集中させてわざと周りを見ないでいた。
しかし、それも限界だ。
残酷な世界など見たくもなかったが、ひなのはだんだんと顔をあげて、諦めたように辺りを見た。
街の明かりら離れ、夜本来の暗さが分かる裏道のようだ。
「・・・ねぇ、もしかしてあれ?」
遠目に、昔の城のようなものがそびえ立っているじゃないか。
・・・なんか、修学旅行で、あんな感じの見たっけ。もちろん別の町だけれど。
「うん、そう。あの頂上だよ」
「…あの、その人に会ってどうするの?」
「ん?…んー、ちょっと確かめたいことがあるんだよね」
確かめたいこと・・・。
「あのね、実は私もあるの」
ひなのは、一回目に禁断の扉に近づいた時、変な声が聞こえたことを思い出していた。
あんなものはただの耳鳴りだったと思いたい。でも…
「1度目にあなたと会った時…扉から風がサーッて吹いて来て、その時…
その時ね、声ー…」
「おっと、ちょっと待って」
ひなのの話は突如、空牙によって止められた。
ひなのも、気がついた。
また、冷気みたいなー…空牙に会った時と同じ…!
いや、もっと針みたいな冷たい空気…!
何…?!
"何"の正体は、正面からすぐに姿を表した。
夜風に、紫がかった長い髪がスーッと流れる。
足元まで隠れる、白い袴みたいな服を着た、男のわりに美しい男がいるではないか。
…人斬りって、なんでこんなに綺麗なの…?
「ユノ様!…わざわざ来たんですか?連れて行くって言ったのに」
空牙が男の前で止まった。
この人が、ユノ様って言う人なんだ!
ひなのは、空牙の後ろから、こっそりと顔をのぞかせ、その男を見た。
バッチリと目が合う。
紫色の細い目。白い肌、細い顔、薄く笑う唇ー…
(ユノ挿絵)
https://kakuyomu.jp/users/SARAN430/news/16817139554709423720
なんか、やだ。
この人、何か違う!
なんか、人斬りのオーラを全部集結させた感じの、なんて言うか氷みたいな空気を纏ってる…!
「…怖いか?」
ユノ様という男は口を開き、ひなのの心を読んだかのように、話しかけてきた。
あまり低くない、透明感のある声。
「…怖くないです」
嘘ではなかった。
自分が氷漬けされたみたいに冷えているのに、不思議。
"怖い"とは、思わ無かったの。
…なんでかって聞かれても、きっと分からない。
でも、この人の纏う冷たさがなんて言うかー…
恐怖とかよりも、もっと別のものに感じた。
"…可哀想…"
なんでだろうね?
でも、そんな風に思えたの。
「君さ、ひなのだっけ?
この人、何者かわかってる?」
「…えっと、ここで一番偉い人」
空牙の問いに答えたひなのを、ユノは相変わらず薄笑いを浮かべて見ている。
この人が何者かなんか、私が知るわけないじゃない。
「違うよ、ここで一番怖い人だから」
空牙が小声で訂正してくれる。
「よせ空牙、第一印象は大事だろう?…俺は、ここで一番強い者だ」
更に、ユノが訂正を加えてきた。
もう、別に何でもいいよ。
何でもいいから、早く何かの確認を終わらせて、私を帰してよ…
「ま、言ってしまえばこの人は、この町で一番偉くて…一番怖くて、一番強い人だよ。
城を抜けて迎えに来るなんて、よっぽどこの子が気になったんですね」
「ふっ…。
空牙、ご苦労だった。後は俺が引き取る」
…えっ、嘘でしょ!?
「あ、そうですか?…じゃ俺ここで」
空牙はサラリとそんな事を言い、ひなのの訴える目など、まるで見てもくれない。
…ダメダメ、ダメだよ何言ってるの…!!
こんなやばそうな人と、二人にしないで…!!
「何があったら、また呼んで下さいよ」
「あぁ、そうする。今日は町内にいてくれ」
「御意」
空牙は、本当にそのままあっけなく、足を進め始めた。
「待っ…」
って。待って、と言おうとしたが、言葉が止まる。
この人を引き止めて何になるの?
この人だって、味方じゃない。
ただ、迎えに来た人斬りなんだ・・・。
「…じゃ、失礼のないようにね。ひなのサン」
呼び止めることはなく、空牙は行ってしまった。
多分、背中の汗は冷や汗ってやつ。
「では、着いてこい。城に案内しよう」
ユノは表情一つ変えることなく、くるりと背を向けて、ひなのの先を行った。
…あぁ、お父さんお母さん、梨夕…
どうか私を探して下さい。
こんな悪夢みたいな、こんな現実はあるんでしょうか。
"悪夢"
そう、今のひなのにとってこれは悪夢であった。
…"今の"、ひなのにとってはー…。
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