23時45分


自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。

いや、人気がないせいで、よく響いたのかもしれない。


「シッ!」


男は人差し指を口に当てると、黙れと合図をしてきた。

そして思わず飛びついた体を、引き離される。


「あ、ご、ごめんなさい」


その時、ひなのは男の顔をしっかりと見た。



… …え。


すごく綺麗な人。

その瞳は髪と同じく色素が薄く、顔も白く薄い唇は紫がかっている。

何、この人。何だろう、普通じゃない。


「…あの、突然すみませんでした。でもその扉、開けてはいけないと決められているんです」


もしかしたら、いやもしかしなくても、この街の人じゃないのだろう。そう思った。


「それに、12時過ぎて外を歩いていてもダメなんです。だからっ…」

「はぁ~~…」


ひなのの必死な説得を、男の長いため息が遮った。


「君こそ、危ないんじゃない。今は何もしないから、早く帰った方がいいよ」


冷たい見た目と裏腹に、その口調は一般の青年のようだ。

お主、口を慎まぬか。

そんなことを言いだしそうな顔してるのに。


「はい、私もすぐに帰ります」


…なんか、余計なことしちゃったかな。


それより…

今は何もしないって、今言わなかった・・・?


「さ、行って行って」


男はそれだけ言い残すと、迷うことなくまた扉に向かっていった。ひなのは、目が逸らせなかった。


男は振り返ることなく、扉を開け放った。


…うそ。



…うそ?!あの人、開けた…!!!


ずっと昔から守られてきた掟が、こんなに簡単に、目の前で破られるなんて…!!


そう思いながらも、逃げ出すことも目を背けることも出来なかった。好奇心が打ち勝ったとは、まさにこのことか。


男はずんずん進んでいく。

扉のその、向こうにはー…


また、扉があった。




妙な風が、大きな扉の向こうから吹いてくる。



嘘・・・どうしよう・・・!

逃げる?逃げるの?

でも、あの人はー・・・?! 



ひなのは扉の前で、動けなくなった。


男は扉の先の扉もまた開き、その先にもまた同じ扉が見えた。



『 弥之亥(やのい)の者よー・・・ 』




ふと、風に乗ってなにかが聞こえた気がした。


え?何・・・?



『弥之亥の者よー・・・』


それがはっきりと聞こえた途端、ひなのは身震いした。



いま、弥之亥って言わなかった・・・?!

違う?違うよね?風の音だよね?!



『弥之亥の人間が来たぞー・・・』




今度こそ、ひなのは石のように固まった。

何なの、これ・・・嘘でしょ、もうやだ死にそう。


さすがに、好奇心も何もない。

聞き間違えかもしれないが、自分の名字が聞こえた気がする。


ここまできたら、自分の足をひっぱたいてでも、走って逃げなければ。



ひなのはクルリと扉に背を向けて、酔っていたのも嘘のように駆けだした。

100メートル走だって遅いけれど、今回ばかりは運動部並に速かったと思う。





腕の時計は、23:45を回った。

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