禁断の扉

「ひなの…ひなの!大丈夫?!」


頭がぼうっとする。

あれ、何?何だっけ…?

何か、呼ばれてる。


「あんた、酒飲めなかったよね?コレあたしの焼酎だよっ」

「えーっ、ひなの間違って飲んだの?バカなの?!」

「とりあえず水!すいませーん、水くださーい!」



今日はせっかくの休日。友人との付き合いで、居酒屋にやってきた。

いつもお茶やイチゴミルクを飲むのに。

私、まちがって梨夕(りゆ)のグラス飲んじゃったんだ・・・


なんてバカなの。

こんなにお酒弱いくせに。



「う…っ」

「気持ち悪い?吐く?」

「なんか…クラクラ…する」



それからのことは、もうほとんど覚えていない。

面倒見の良い梨夕が、私を引き受けてくれて送ってくれたと思う。


アパートの階段下で別れた頃には、目を開けて意識を保てるくらいには回復していた。


「はぁ・・・何やってんだろ・・・」


ひなのは、弥之亥(やのい)とかかれた表札前で立ち止まる。

私はこのアパートで一人暮らしをしている、20歳。


童顔に見合ってか、お酒は飲めません。

なのにこんなことになって。気持ち悪くて死にそう。

とにかく家の鍵を出そうと、鞄をまさぐった。


「・・・」


・・・


… …ない。


「えっ?うそ…」



小さなポシェットだもの、見つからないはずはない。

あれ、もしかしてお財布出した時に、お店のテーブルに置いてきた…?


やだ、覚えてない…

うわぁ…とりあえず、戻らなきゃ…



携帯の充電は切れているし、梨夕に連絡もできない。とことんツイてない。

泣きそうになりながら、私はなんとか来た道を戻って行った。


ゴーン…ゴーン…と、鈍い鐘の音がどこからか響き渡ってくる。



まずい。ひなのは時計を見ると、夜中の12時になる30分前を確認した。

…これは、本当にまずい。

なんとしても0時までには帰らなければ。



…この街には、禁断の扉ともう一つ…

恐ろしい決まりがあるのだ。



街の明かりが消えていく。

店という店は、全て12時ぴったりには閉まってしまうのだ。

まるで、何かの瞬間に備えるかのようにー…



…この街がおかしいか、なんて。そんなことは考えたことない。

だって、この街しかしらないもの。


ひなのは、おぼつく足で闊歩した。

走りたいのに、フラついてまるで走れない。絶対転ぶ。


・・・


しかし。



人気のない通りを曲がったその瞬間だった。

なぜか、本当になぜか分からないが意識がはっきりとした。

完全に、肺に入る空気が変わったかのようなー…


冷たい空気が脳に入って、地を踏む足もしっかりした。



「な…に」



突然のその変化に、ひなのは夜道に目を走らせた。いや、待って。まだ12時は回っていない。

その原因はすぐに分かった。

ひなのの少し前を、一人の男が歩いている。


しなやかに、静かに、そして…なぜか恐ろしいくらいに冷たい足音で。

なぜかわからないが、この空気はその男がまとっている。

直感がそんなことを言っている気がした。


一直線に向かうその先には、あの扉が見えて、ひなのはハッと息を飲んだ。

あれ、うそ。禁断の扉ってこんなところにあったっけ…

表神社の森にあるって聞いてたのにー…


あぁ、そういえば。

夜な夜な扉が移動するって話も、聞いたことがあるっけ。


…待って、あの人扉に近づいてる…!


ひなのの前を歩く男は短い銀髪…いや、白髪なのか?

細い髪をサラサラなびかせながら、なんと扉に向かっていくではないか。周りには、人っ子一人いない。



ひなのは、とっさに走り出した。

逃げ出したわけではなく、男の背に向かって走った。

…こんな時、勇気も何もないじゃない?

あの人、あの扉を開けようとしているんだもの!!


その足音に、男はゆっくりと振り返ったが、その瞬間ひなのは彼の体に両手を回すと、力一杯引き止めた。



「ダメです!その扉、開けたらダメ!!」

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