第4話 政務


「こら! 言うことを聞きなさい!」


 侍女二人は、足をバタバタさせながら嫌がるプリズムミマムをベッドから引きずり下ろした。

 ようやく観念したのか、プリズムミマムは頬を膨らませながら、彼女たちの指示に従って着替えに入った。


「申し訳ございません。マルクス様はお外でお待ちください」


 侍女たちが恭しくマルクスに頭を下げる。


 二人のつむじを見て、ハッと我に返った。

 あ、危ない。

 今完全に――落ちてた。


「あ、ああ」


 マルクスはベッドから降りて、そそくさと部屋を出た。


 心臓がドキドキしていた。

 プリズムミマム17世。

 なんという――なんという美貌だ。


 しかし、あの二人の女中にも、どうにも調子が狂う。

 この女ども、女王には友達のように接するのに、どういうわけか俺にはいっそ正しく礼を尽くす。

 

「お待たー」


 やがて出てきたプリズムミマムは豪華なドレスに着替えていた。

 黒のフリルがついたハイウェストスカートのイブニングドレス。

 細身の彼女にはよく似合っていた。

 ダーク色というのもぴったりだ。

 いつもより、より妖艶に見える。

 しかし――さすがのプリズムミマムも外国の要人に会うときは正装になるらしい。


「行くぞー」


 前を指さして歩き出す。

 マルクスはその後ろ、さらに後ろを二人の女中が恭しく歩いた。


 ――え。

 この二人も来るの?


「なあ、マルクス」


 歩きながら、プリズムミマムは少し後ろのマルクスを振り返り言った。


「なんでございましょう」

「似合うだろ、このドレス」

「はい」

「にひひ。シルクだ。わざわざ東マドりー地方から取り寄せた布を、国一番の染屋に染めさせたんだぞ」

「美しい布でございますね」

「にひひ」


 嬉しそうに笑う。


「前を向いて歩きなさいよ、プリ子」


 マルクスの後ろから、女中の声がした。


「うるせーな。朕は後頭部にも目がついて――ぶっ」


 プリズムミマムは盛大に柱にぶつかった。


「なんでこんなとこに柱があんだよ! 撤去だ! 撤去しとけ!」


 §


 女王の間ではすでに謁見の準備は整っていた。

 外交を司る二人の文官が玉座の下におり、プリズムミマムを視認すると慇懃に傅いた。


 プリズムミマムはまたぞろふんぞり反って座具に座ると、「早く呼べめんどくせー」と面倒くさそうに言った。

 やがて扉が開き、一人の青年が入室してきた。


「プリズムミマム殿。本日はお呼びいただき、光栄でございます」


 青年は精悍な所作で挨拶を済ませた。


「別に呼んでねーよハゲ」


 プリズムミマムは青年を睥睨し、つまらなそうに言った。

 

「またまた御冗談を。プリズムミマム様。また、このティタンに会いたくなったのでございましょう」


 青年――ティタンは自らの胸に手を当て、爽やかに笑いながら言った。

 スタイルの良い、白面の美青年である。


「会いたくねーよハゲ」


 プリズムミマムは美しい眉を顰めた。


「気持ち悪ぃなテメーは。オメーんとこの親父が会ってくれってうるせーから会ってやってんだろうが」

「ハン。その照れ隠し。とてもキュートだね」

「キュートだね、じゃねえ。戦争すんぞ」

「このティタン。恋という戦争なら望むところだ」

「殺すぞ」


 プリズムミマムは嫌悪感丸出しの顔でティタンを見た。

 ティタンは「ハンッ」と言いながら、なぜかビクリと体を震わせた。


 どうやら隣国の王子のようだが――こいつも変人っぽい。


「今日は結婚を申し込みに来たんだ」


 ティタンは言った。


「プリズムミマム様。どうか僕と結婚し、互いの国を強くしようではありませんか。そうして、列強国に対抗するんだ」

「何度目だよ。しねーっつってんだろ」


 プリズムミマムは即却下した。


「我が国と同盟を結べば、メシエ湾のカニが食べ放題だよ」

「カニなんか要らねーよ」

「なんと、姫君は甲殻類がお嫌いか。しかし、そうでなくともあなたの美貌に耐えうる美貌の持ち主と言えば、世界に僕しかいないと思うが?」

「思うが? じゃねえ。そもそもタイプじゃねえんだよ」

「ハンッ、またそうやって照れ隠しかい。この世界に、僕がタイプじゃない人間などいないだろうに」

「相変わらずキモ度マックスだなオメーは」


 プリズムミマムは呆れたように言い、階下にいるマルクスを見た。

 それから玉座に来るように、くいくい、と指を曲げた。


 マルクスは少し躊躇ってから、壇上へと上がった。


「やい、キモ男。紹介してやる」


 プリズムミマムは言いながら、マルクスに絡みついた。


「コイツは朕の新しいセックスフレンドだ。今日からパコリまくる予定だ」


 マルクスは体を硬直させた。

 この女王ひと――何を言い出すんだ。


「な――」


 ティタンはマルクス以上に驚愕の表情を見せた。


「そのような男と婚姻するというのですか」

「しねーよ。セフレだっつってんだろ。子作りじゃない、快楽としての夜伽(まぐわい)をすんだよ」


 なー? と言いながら、プリズムミマムはマルクスの頬を舐めた。

 ゾクゾクと体が震えた。

 ざらりとして、猫の舌ような感触だった。


「そういうわけだから、今日はもう帰れ。そして二度と来るな」

「グググ――」


 ティタンは唇を噛んで悔しがり、マルクスをにらんだ。

 心の底から憎むような目線。

 視線が痛い。


 つと、その時。

 マルクスは強烈な悪寒に襲われた。


 この視線、方向からではない。

 ふと目をやると――玉座にいる男たちは全員、マルクスを睨みつけていた。


 お、おいおい。

 今の一言で――完全に四面楚歌だ。


「……貴様、名前は」


 ティタンが問うた。


「マ、マルクスと申します」

「マルクス、か。知らぬ名だ」


 ティタンは少し考える素振りを見せた。

 それからうんと頷き、


「パイロン国第3皇子として宣言する! 僕は、君と決闘をする!」


 そう言って、ビシリと指さした。


「け、決闘?」

「明日の明朝! 貴国のコロシアムで待つ!」


 ティタンはそう言い残し、去っていった。


「おもしれー」


 プリズムミマムは腹を抱えてケタケタ笑った。


「わ、笑いごとではないのですが」

「おもしれーよ。だってよ、明日の明朝ってなんだよ。明朝って明日のことだろ」


 どこで笑っているのか。

 この人のツボがよく分からない。


「そういうわけで、頑張れよ」


 プリズムミマムはマルクスの背中をバンと叩いた。


「ティタンはパイロン一の剣士だ」


 南無阿弥陀仏、とプリズムミマムが拝むように手をすり合わせる。


「――は?」

「あいつ、超つえーから」

「いや、その」

「そういや、お前、剣の腕はどうなんだ」

「十人前です」

「そっか。じゃ、死んだな。アデュー!」


 プリズムミマムはゲラゲラ笑った。

 何が面白いのか、涙が出るくらい延々と笑っていたのだった。

 

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