第4話 公爵令嬢のネイリー
会場を飛び出した後リリアナと今後について話合っていると、そんなネイリ―とリリアナを探しに来た両家の使用人に二人は強制的に帰還させられた。
使用人に連れられ、豪奢な馬車へと歩みを進めたネイリ―の腕を痛いほど掴み強引に押し込んだ男が父親であると思い出しのは、気まずい沈黙に耐え兼ね馬車の外に見える見慣れない風景に視線を向けていた時だった。
身に覚えのなった風景が次第に見覚えのある景色に変わる中、次々と頭の中に浮かんできた記憶が自身のものではなくネイリ―の記憶であることを悟る。
ネイリ―・ケラ・ナトソン。彼女はミリューレ国のナトソン公爵の令嬢として生を受け、幼少の頃より同国の皇太子であるレグラス・ノラ・アドソンの婚約者として厳しく育てられた生粋のお嬢様である。
今宵開かれた夜会では、本来ならネイリ―がモースライト学園に入学した祝いの席であり近隣の大国の賓客達にレグラスの婚約者として紹介される大切な場であったのだ。
それを、あろうことかあの馬鹿王子は他国の賓客だけではなくネイリ―の両親がいる前で彼女を断罪したのである。
次々と甦ってくる記憶の中の二人は口論が絶えなず関係が良好だとは言い難い印象を受けた。
それでも、ネイリ―はレグラスと添い遂げる覚悟を持っていた事だけは痛いほど感じることが出来た。
(このネイリ―ってキャラは悪役令嬢って聞いたけど、意外と皇子様想いだったのね)
記憶の中のネイリ―と言えば、厳しい口調でレグラスの行いを非難している場面が多いのだが、それはどれも皇子の事を想って口を挟んでいたようである。
そんなネイリ―の小言やキツイ態度に嫌気をさしていたレグラスは、学園に編入してきた男爵令嬢のリリアナの柔らかな雰囲気に次第に惹かれるようになった。
いい気はしなかったものの、一時的な気の迷いだろうと自身に言い聞かせ深く追求することはしなかった。
だが、そんなある日。ネイリ―は学園の中庭で二人が抱き合っている場に遭遇してしまったのだ。
この時ばかりはネイリ―も自身の内に込み上げる感情を抑えることが出来ず、レグラスとリリアナを強く非難したのだ。
そんなネイリ―の隠しようのない憤慨を向けられたリリアナはすっかり委縮してしまい、そんな彼女を騎士のごとく守るレグラスという最悪な場が出来上る。
そんな出来事があった後、レグラスはより一層リリアナにのめり込む様になった。
それに比例するかのようにネイリ―に対する侮蔑を隠そうともせず、まるで二人を咎めたネイリ―が悪者であるかのようにレグラスはネイリ―を遠ざけた。
そんな中、迎えたのが今宵の夜会である。
ネイリ―はこの機会にきちんとレグラスと話をし関係の修復を望んでいたのだが、エスコート役のレグラスは何時まで経っても現れることはなく痺れを切らした彼女は己の足で会場へと向かった。
そしてその会場でリリアナと寄り添う自身の婚約者の姿を目にしたのである。
(この後、皇子に詰め寄ったら断罪されたのね。私が直接された訳ではないけれど、最悪ね。婚約破棄になって良かったじゃない)
重苦しい沈黙が続く中、ネイリーの記憶を辿っていた寧々に突如声がかけられる。
「先程の出来事はどういうことだ。お前のエスコートを皇太子がする予定だったはずだが?今宵の夜会がいかに大切なものかお前は理解しているとばかり思っていたがどうやら違うらしい」
底冷えするよな声にびくりとネイリーの体が震える。
窓に向けていた首を、まるで壊れた玩具のように、不自然な動きで目の前に座る父親へと向ける。
ネイビーブルーの髪を後ろに流しているからか、額にある大きな切り傷が嫌でも目に入る。
額の傷を目でおっていると冷めたコバルトブルーの美しい瞳と視線が合う。
左眼に眼帯をしているにも関わらず、片目だけで人を威圧することが出来る男の名はジェムラス・ケラ・ナトソン。
ミリューレ国の騎士団団長であり戦争の英雄で、ネイリ―の実の父親である。
ミューレ国は十年前まで隣国のトーラ国との戦火に包まれていた。
その争いの終止符をうつ決め手となった手柄を上げたのが父であるジェムラスだ。
額の傷はその戦で負ったものだ。
父は戦の功績を称えられ、爵位の昇格が認められ侯爵から公爵となった。
そんな強者の父親が放つプレッシャーを容赦なく向けられたネイリーは、息が詰まりそうになりながらも強張った口から精一杯言葉を絞りだす。
「あ・・・・・・、なぜこうなったのかは、私にも分かりません。ただ、レグラス様は私ではなくリリアナ嬢をお望みなのです」
嘘はついていない。ネイリ―の記憶が正しいのであれば、会場について行き成り断罪されたのだから彼女は立派な被害者である。
その場から逃げ出したのはネイリ―ではなく、寧々の意思ではあるが事の顛末を思えば致し方無い・・・・・・と思ったのだが、目の前の男はそうではないらしい。
「それで、お前は黙って獲物を捕られるの指を咥えてみていたと?私にそう言いたいのかネイリー」
不敵な笑みを浮かべた父親に、全身に鳥肌が走る。
ネイリ―の体が危険信号を発するかのように、動悸が今にも破裂してしまいそうなほど早くなる。
(えっ、お父さん怖いんですけど!?娘があんな大勢の前で断罪されたんだから相手に怒ろうよ!?なんでネイリ―に怒ってるのこの人!!)
目の前の男が、言葉に出来ないほどの怒りを孕んでいるのをひしひしと感じ必死に言葉を繕う。
「いいえ、お父様。私がダグラス様を見限ったのです。あの方と婚姻を結んでも公爵家になんの利もないと判断したまでのこと。此度のことで、お父様や公爵家の名を貶めるようなことはしないとお約束致します」
ネイリ―の体は震えていたが、それでも真っ直ぐに父親の目を見据える。
「ほう、どうするつもりだ?この婚姻は元々はトーラ国を牽制するために結ばれた婚姻だと知ってのことか?騎士団の団長である私の娘であるお前と王族の王子であるレグラスとの婚姻を結ぶことにより、よりいっそう自国の強い結び付きを近隣の国々に示すはずだったのだがな」
「それは・・・・・」
いえ、知りませんでした!なんて言える雰囲気でもなく、ネイリ―は口ごもる。
「まあ、いい。此度の事はレグラス王子が独断で行ったことらしく、陛下も大変驚いておられた。後日、陛下を交えた話合いの場を設けるそうだ。次の顔合わせのときにでも皇子のご機嫌伺い出もして、上手く取り繕え」
目の前の父親で在ろう男の言葉に目を見開く。
あの断罪を馬鹿王子が独断で行ったというのであれば、もはや救いようのない阿保ではないか。
先程この男は言った。近隣の国に王家と騎士団の強い結び付を知らしめるための婚姻だと。
なぜそんなことをするのか?そんなの決まっている。戦争が終わり、十年経った今も直、戦争の爪痕は色濃く町や人々の心に根ついているからだ。
騎士団団長の娘でもあるネイリ―はそれを嫌とい程理解していたのだろう。だからこそ、婚約者のレグラス王子が彼女に不誠実な態度をとってもグっと堪え、彼に寄り添うために努力してきたのだ。
それを、あの馬鹿王子は・・・・・・、
「絶対に嫌です」
考えるよりも早く、その言葉が口から飛び出した。
「なんだと?」
切り傷がついた眉間に皺を寄せ、訝し気な表情を浮かべる父親に強い意志をもって言葉を投げる。
「さきほど、お父様はいいましたわ。この婚姻は国のためのものだと。それを、皇子であるレグラス様が、次代の王となりこの国を率いる可能性がある方が私情を挟み婚約の解消を求めたのです。それも、あのような多くの来賓がいる中でです。明日中にはこの国だけでなく隣国にも届く醜聞になっていることでしょう。私は、今までレグラス様が王族らしからぬ行いをとればそれを聡してまいりました。それも全てはレグラス様とこの国の未来を思ってのこと。ですが、この度の一件で私の中でその思いは消えてしまったのです」
ネイリ―のはっきりとした物言いに、虚を衝かれたように父親の目が見開かれる。
ネイリーの記憶上、彼女が父親に盾突いたことはなく、両親の前ではよりいい子を演じていたようである。
「・・・・・・皇子はまだお若い。これからいくらでも学ぶことは出来よう。そのためにも側で皇子を支える者が必要なのだ」
「そうですか。でしたらお人好しの心優しい令嬢を宛がってはいかがでしょうか?婚約者をもちながら、他の女にうつつを抜かし、それを隠そうともせず周囲にひけらかし、それを諫める者に侮蔑の視線を向ける。そんな行いを快く許せる令嬢が居ればのお話ですけれども。私には身が余りますので、謹んでお断りさせて頂きます」
「・・・・・・」
ネイリーの確固たる意志を感じ取った父親は押黙る。
その後、公爵邸に着くまでの間どちらも口を開くことはなく静寂だけが二人を包み込んだ。
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