第3話 状況を整理しましょう
薄暗い闇が広がる中、ネイリ―と呼ばれた少女は美しい顔の眉間に皺を寄せ盛大な溜息をつく。
「つまり、この世界は萌歌が普段やってる乙女ゲームの世界で夢じゃないかもしれないってこと?んでもって、萌歌もなんでこんな目に合ってるか分からないと・・・・・・。」
「うん。・・・・・・でも、ここがゲームの世界なのは間違いないと思うの。寧々ちゃんはどっからどう見ても悪役令嬢のネイリ―そのものだし、さっき会場にいた男性はメインヒーローのレグラス様と同じ名前だったし」
自身に言い聞かせるように頷く幼馴染から、先ほど聞かされた大まかな世界観を頭の中で整理する。
萌歌曰く、この世界は乙女ゲームと言われる女性向けに創られたゲームらしい。
正ヒロインのリリアナと悪役令嬢のネイリ―の両者から主人公を選択出来るこのゲームは選んだ主人公によって攻略対象とストーリの内容が異なるのだとか。
正ヒロインを主人公に選んだ場合は、断罪された悪役令嬢のネイリ―の様々な嫌がらせを乗り越え攻略対象のヒーローと結ばれるという王道ストーリーで、悪役令嬢のネイリ―を主人公にした場合は皇子と正ヒロインにさっさと見切りをつけ他の攻略対象と恋に落ち、恥をかかせた二人より幸せな人生を歩むと言ったものだそうだ。
(・・・・・・うん、夢でしょ)
あまりの現実離れした状況に頭が追い付かないネイリ―こと寧々は、目を覚ますべく自身の頬を抓る。
ついでに目の前にいる幼馴染の頬も抓ってやった。
「いひゃい」
そう言いながら抓られた頬をさする目の前の少女にこれといった変化は無く、自身も頬から感じる痛みに夢出ないことを知らされる。
「・・・・・・百歩譲ってこれが夢じゃなかったとしてよ、なんでゲームを知ってる萌歌だけじゃなくて私まで」
「それは分かんないけど、絶対夢じゃないよー。だって寧々ちゃんに抓られたほっぺ痛いもん。それにもしこれが夢だとしたら、こうやって寧々ちゃんと私が、同じ夢を見て会話してるのもおかしいと思うの。」
項垂れるネイリーとは対照的に楽観的な幼馴染へと非難の眼差しを向ける。
「なんでそんなに落ち着いてられるのよ」
「だって、戻り方なんて分かんないもん。夢じゃないとは思うけど現実とも思えないし、よく分かんないけどそれなら楽しんだもんがちかなって。それに一人だと不安だったかもしれないけど寧々ちゃんと一緒だから平気かなって」
愛らしく微笑む幼馴染のその順応性の高さに感心しながら、ネイリーの中でとある疑問が浮かぶ。
「ん?ねぇ、どうしてネイリーってキャラが私だって気付いたの?萌歌の見た目が変わってるってことは私の見た目も変わってるんだよね」
「それはね、寧々ちゃんが会場から出ていくときのジャンプを見てたから!パンツだけじゃなくて太ももの痣もしっかり見逃さなかったよ‼︎」
「・・・・・・」
すごいでしょ!と言わんばかりにいい切る目の前の少女に何から突っ込めば良いのか分からなくなり沈黙する。
確かにあの時はあの場から逃げることに必死でスカートの事なんか気にしていなかったが、まさか見えていたとは。
「私達、同じ場所に同じ痣があるでしょ?それに、あの運動神経の良さは寧々ちゃんだって直感したの‼︎」
「そう、何か分かんないけど私だって気づいてくれてありがとう」
確かに、こんな訳の分からない世界に一人放り出されたと考えるだけでゾッとする。
少しでもこの世界を知る萌歌が居てくれるだけでどれだけ心強いことか。
「はっ‼︎寧々ちゃん。こんなのんびりしてる暇はないんだよ‼︎今はイベントの真っ最中なんだから‼︎」
急に慌て出す萌歌に首を傾げる。
「イベント?なにそれ」
「イベントっていうのはね、このゲームの攻略ポイントみたいなものなんだけど、今起こってるのは悪役令嬢のネイリーの婚約破棄イベントだよ‼︎つまり、寧々ちゃんの婚約破棄が言い渡されるイベント‼︎」
ああ、と数分前会場で何かを喚いていた青年を思い出す。
確かにそんな事を言っていたような。
「別にいいんじゃない?婚約破棄すれば。私の婚約者って言ってるけど、正確には私の婚約者じゃないし。好きにさせればいいんじゃない」
「待って、このままだと私がレグラス様と婚約することになっちゃう‼︎ううん、もしかしたら寧々ちゃんだってレグラス様とよりを戻すことになるかもしれないんだよ!?」
「いや、婚約破棄突きつけられてるんだからそれはないでしょ」
「それがあるんだよ!レグラス様はネイリーとリリアナの攻略キャラクターの中で唯一被ってるキャラなんだから!!」
リリアナのあまりの必死さに思わず圧巻される。
「・・・・・・そのレグラス様?ってどんな人なの」
「レグラス様はこの国の王子様で、ネイリーの昔からの婚約者だったんだけど二人が通うモースライト学園に編入してきたリリアナに一目惚れしてネイリーとの婚約破棄を求めるんだよ」
「・・・・・・ただの浮気やろうじゃない」
リリアナの言葉にぴしゃりと言い放つ。
婚約者という立場の者がいながら、他の女にうつつをぬかし挙句の果てその女を選ぶとは。
しかも、あの男。大勢の見物人がいる中で婚約破棄を言い渡していたように思う。
(さいてー)
心の中で毒づくネイリーにリリアナは続ける。
「でもね、ネイリールートだったら後にレグラス様が改心してネイリーの元に戻ってきてハッピーエンドになるんだよ。」
「えっ・・・・・・無理。浮気しといてより戻しましょとか都合よすぎるでしょ。現代社会だったら慰謝料どころの話じゃないよね」
話を少し聞いただけでネイリーの中でレグラスは浮気男の地位を見事に築いてしまったのである。
そんな男とくっつくなんて、たとえゲームだろうがお断りである。
「でもレグラス様人気高いんだよ~。」
「じゃあ萌歌がその人とくっつけばいいじゃない。その人萌歌に惚れて婚約破棄を言い渡したんでしょ?私は浮気男なんて無理だからのしをつけて萌歌にあげるわよ」
「そんな事言わないでよ~、私じゃなくてリリアナに惚れてるんだよー。そしてレグラス様は私の推しじゃない!!私の推しのアルド様に会うためにもこのフラグを叩きおらないといけないの!!このままじゃ寧々ちゃんもレグラス様ルート行く危険もあるんだから一緒にフラグおろう?ね?」
迫りくるリリアナの気迫に負け、ネイリーは数回頷くのであった。
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