第2話 ゲームの世界にこんにちは


「ネイリ―・ケラ・ナトソン。今この場を持って、私レグラス・ノラ・アドソンはお前との婚約を破棄することをここに宣言する!!」



直ぐ隣で聞こえた言葉にハッとした少女は声の元へと視線を向ける。

そこには金髪青眼の目見麗しい青年が今まさに、青年と少女に対峙するかのように向き合う気品あふれる美少女に言葉を言い放った直後であった。

言葉を向けられた美少女は見ている者が気の毒そうになるほど困惑顔を浮かべていた。

そんな少女を満足げに見つめていた青年は、隣にいた少女の腰へと手を回しさらに高らかに言い放つ。


「お前が私の想い人である、リリアナ・ラウンセン・テ―ラ嬢にした数々の非道の行い。私はこの目でしかとみた!!お前のような卑しい女が国母になるなど言語道断!!今すぐこの場から立ち去るがいい!!」


その言葉に手を回された少女はぎょっとする。


(えっ・・・・・・今リリアナって言いましたか?え?)


自分の名ではないものの聞き慣れた名前に驚き、落ち着いて周囲を確認すればそこには信じられない光景が広がっていた。

城内のダンスホールの広い空間に着飾った紳士淑女が並ぶ中、まるで見世物のかのように美少女が一人つるし上げられる図。

そしてネイリ―と呼ばれた美少女と対峙するかのように向き合う、美青年とリリアナと呼ばれた自分。

そう、その光景は見覚えのあるスチルの一枚である。


(私のバイブル!!ドキドキときめきエンジェルハート☆学園遊戯恋物語~可憐なる翼~の冒頭のワンシーンではないですか!!私はリリアナって呼ばれていましたから・・・・・・正ヒロインの方ですね!)


ドキドキときめきエンジェルハート☆学園遊戯恋物語~可憐なる翼~(通称:とき学)とは乙女向けに作られたいわゆる乙ゲーと呼ばれる恋愛趣味レーションである。

この作品は多くの乙女たちの心を掴み、FDに留まるだけでなく書籍化やアニメ化、更にはドラマ化まで決定した大ヒット作である。

そんな作品のワンシーンをここまで正確に再現した夢を見るなんて、凄いぞ自分偉いぞ自分!!そう褒めたたえていると凛とした声が突如、城内に響き渡る。


「喜んで!!」


(・・・・・・んん?)


予想だにしていなかった言葉に、声の主であるネイリ―に少女は視線を向ける。

隣にいたレグラスもその言葉に驚いたのだろう。顔を真っ赤にしながらネイリ―にどういうつもりかと問い詰める始末である。


(流石レグラス様。顔面当て馬皇子の異名を持つだけあって怒っていても凄く西端な顔つきです。いやー顔だけなら流石イケメン。破壊力が半端ない。・・・・・・にしても、私が知っているストーリーの流れとは全然違います。夢だから?)


正ヒロインのリリアナとこの国の皇太子であるレグラスに断罪をされる悪役令嬢のネイリ―という図は、このゲームの冒頭のシーンだ。

このとき学は、正ヒロインとそのライバルにあたる悪役令嬢の両者から主人公が選べるゲームである。

どちらを主人公に選んでも冒頭の断罪シーンは必ずシナリオに含まれているのだが、こんなにも潔くネイリ―が婚約破棄を受け入れる描写などどちらのルートにも描かれていないのだ。

 そんな事を考えている間にも悪役令嬢のネイリ―とレグラスの会話は進み、徐にネイリ―が踵を返す。

そして、颯爽と会場を走り去ろとするその姿にレグラスが慌てて周囲に控えていた騎士たちに声をかけた。


「な!、何をしている近衛兵!!ネイリ―を捕まえろ!!」


レグラスの言葉に反応した出入り口の近くにいた体格のいい騎士たちが出口を塞ごうと立ちはだかる。

そんな男たちの肩に手をつき、ネイリ―は軽々と自身の体を宙に浮かせる。

途端、ふわりと広がったドレスからしなやかなか細い足が姿を現す。

その太ももの付け根辺りに見えた見覚えのあるバラの形をした痣を少女は見逃さなかった。


(あの痣・・・・・・それにあの運動神経、もしかして!!)


軽々と男達の頭上を通り過ぎ暗闇に消えたネイリ―の姿にこれは夢じゃないかもしれない。そんな気持ちが心の内から込み上げる。


(もし、これが夢じゃなかったとしら・・・・・・)


意を決した少女は、腰に回されていた手を遠慮なく振りほどく。

今までネイリ―の逃亡劇に呆気をられていたレグラスはそん少女の行動に驚き困惑顔を浮かべる。

そんな青年に誰もが見惚れるであろう微笑みを浮かべ優しい声音に毒を含ませ一言言い放つ。


「レグラス様、私も国母になどなれません。他をお探しくださいませ。」


「なっ!?リリアナ何を言い出すんだ!君以上に国母にふさわしいものなどいない!!ネイリ―のことが気がかりなのか?あんな女の存在を君が気に病む必要などなにもないんだ。」


的外れな言葉をかけるレグラスに笑みだけを再度返し、リリアナと呼ばれた少女は自身の内に芽吹いた疑問を確信に変えるべくネイリ―を追いかけるためにドレスをたくし上げる。


「リ、リリアナ!!な、何をしているんだ!?そんなに脚をさらけだすなんて、はしたない真似はやめないか!!他の者に見られたらどうする!?お、お前達何を見ている!!僕の想い人だぞ、邪な目を向けるな!!」


膝小僧が見える程度で何を騒いでいるのかと、先ほどよりも騒めきたつ会場など気にする様子もなく少女はネイリーに続き会場の出口目掛けて走り抜ける。

未だ放心状態の騎士たちの間を難なく潜り抜け、その場の騒動の元凶である少女は二人とも跡形もなく姿を消した。

残されたレグラスと、ことの顛末を見届けていた見物人だけが何が起こったのか理解できていない面持ちでそこにただずむだけであった。



―――――――――



ネイリーを追って会場を飛び出した少女はその当人に会うべくして、場外の外に広がる庭園の中をがむしゃらに探し回る。


(もう、どこに行ったのよ・・・・・・この庭園からは簡単に出れないはずだし、・・・・・・というかネイリーがこんなに足が速いなんてゲーム内には書いてなかった!!早く見つけないと私も連れ戻されちゃちゃう)


なまじゲームのシナリオを知ってるだけに、自分の中の疑問を早く確信に変えたかった少女は息を切らせながらも暗闇に目を凝らす。

 そんな中、庭園の奥ばった一角に真紅のドレスの端が目につき大急ぎでその場へと駆け寄る。

恐る恐る茂みから顔を覗かせれば、そこには規則正しい寝息を立てながら横になっているスノーホワイトの髪を持つ美少女がいた。


(なんでこんな所でネイリーは寝れるのよ!!ネイリーって確か公爵令嬢よね?中庭で爆睡できる性格の持ち主じゃなかったはず!!)


ゲームの中の性格とはかけ離れているネイリーの姿に疑問が確信に変わり始める。

 あまりにも気持ちよさそうに眠るネイリーに少し悪いと思いながらもその体を揺さぶる。

しばらくして、うっすらと目を開けた少女に思い切って声をかける。


「ああ、良かった!!おはよう!ネイリー!!」


目を開けているのに微動だにしないネイリーの顔を覗き込むような形で再度声を駆ける。


「ネイリ―、起きてるよね?おーい、まだ寝ぼけてるのかな?」


「・・・・・・どちら様でしょうか?」


何度目かの問いかけの後、恐る恐るといった様子で口を開いたネイリーの言葉に目を瞬く。


「あ、そっかこの世界ではネイリ―とリリアナはライバル同士だから仲良くないんだっけ?あれ、でもネイリ―はリリアナの存在は知ってるはずだし・・・・・・やっぱり、もしかして寧々ちゃん?」


ゲーム内のライバル同士がお互いの存在を知らないはずがない。それに先ほどみた、ネイリ―の太ももの付け根にある痣とよく似た痣をもつ少女に心当たりがあったのだ。そう思った時には目の前の少女に向かい、この世界にいるはずのない幼馴染の名を呼んでいた。

その名に勢いよく反応したネイリーが詰め寄ってくる。


「今何て?」


迫力のはある美顔で詰め寄られた少女はしどろもどろになりながらも、もう一度その名を呼ぶ。


「え・・・・・・えっと寧々ちゃん?間違ってたらごめんなさいネイリ―。」


しばしの静寂が流れた後、ネイリーの口からでた言葉に今度は少女が目を見開いた。


「・・・・・・もしかして、萌歌?」


間違いなく呼ばれた自分の名に三風萌歌みかぜもかは、目の前にいる現実世界とは大きく容姿が異なる幼馴染の、華南崎寧々であろうネイリーに抱きつく。


(やっぱりあの太ももの痣!!寧々ちゃんだったんだ)


あまりの嬉しさに萌歌の口から確信に変わった疑問が落ちる。


「私達、ゲームの世界にきちゃったね」


そんな萌歌の言葉にネイリーの顔に何度目か分からない困惑の表情が浮かぶ。


「はい?」


(あれ~、もしかして寧々ちゃんこれ夢だと思ってる?)


状況が全く掴めていない様子の幼馴染にどう説明しようかと萌歌は少し慌てるのだった。


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