第4話 捜査 その一
「この死体についてはさっぱりお手上げですね」
黒焦げの死体を前にした医師はそう語った。
「死因はわかるんですが、どのような状態で焼かれたのかがさっぱりわからないんですよ。それが解明されたら論文がいくつか書けるでしょうね」
はははと笑いながら医師は肩をすくめた。わからなさすぎて笑うしかないといった様子だ。
「......どう思う?」
栄一は薫に小声で聞く。
「......間違いなく高度な魔術によって行われています。科学でも可能なレベルの発火魔術なら扱える人もそれなりに国内にいるでしょうが、科学の専門家が見てお手上げというレベルの今の科学を超えた技量の炎の魔術を扱えるとなると居たとしても数人でしょうね......」
ぼそぼそと話す二人に医師は気を使って席を外そうかと尋ねた。
「えぇ、少し二人で話をしたいのでお願いします」
わかりました。と気分をさほど害した様子もなくすんなりと医師は出て行く。死体安置室に残っているのはいくつかの死体と栄一と薫だけとなった。
「一応だけど炎の魔術で有名な人物って誰がいる?」
「このクラスだと
基本的に名門の魔術の家系は非魔術師の人間との接触を好まない。今回の事件の被害者ーーー
「そもそも何故殺されたんでしょう? 普通に殺すだけならここまでする必要はないかと思いますが」
「魔術的な儀式の可能性があるけどこのような儀式に心当たりは?」
「私も魔術儀式を全て把握している訳ではないのですが......基本的に儀式で生贄を捧げる時は血や肉体を捧げます。このように焼き尽くしてしまうと意味がないと思いますのでその線も薄いかと」
魔術において儀式と呼ばれるものはほとんどが大がかりで準備に少なくとも3日ほどかかるものを指す。そして、儀式の多くは人智を超えた存在へと接触しようとするものだ。有名なのはキリスト教において天使と呼ばれる存在へと接触する儀式だがこの数百年成功例は数件しかない。失敗する原因の多くを占めるのが魔術が年月と共に失われていることによる必要な呪文や素材がわからなくなっている事、そして人智を超える連中は基本的に気まぐれなので呼び出しになかなか応じない、または呼び出したとしても制御できずに儀式を行った魔術師が死亡するからだ。他にも儀式はあるのだが基本的に人の生命を対価に呼び出そうとする場合はその生贄をナイフなどで殺す。このように焼いて行う儀式は薫は聞いたことがなかった。
「となるとやはり怨恨かな?それもかなり恨まれてたみたいだねこの人」
栄一は楽しそうに言う。死体を前にして不謹慎なように思えるが先ほどの話を聞いた薫はその様子に心を痛めた。
(たった16歳なのに......)
親に恵まれ、魔術の才能に恵まれ、何不自由なく生きてきた薫にとって栄一は憐憫の情を向ける対象だった。
その思いはある意味薫の傲慢さから来ているのだろうがその自覚は彼女にはない。
ただ純粋に薫は栄一を憐れんでいた。
その思いに気づいた様子もなく、栄一は死体を観察している。
「栗本さん」
「なんでしょうか」
「卜占をしてみてくれないか?」
今のままだと手がかりが薄い。卜占によってある程度次の動きを決めようとの狙いだった。
もちろん卜占は外れることもありうるのだが卜占は知りたいことが大雑把であればあるほど成功率が高く、逆に細かい事を知ろうとすれば成功率が低くなる。
例えば何月何日何時何分に何が起きるかというのはほぼ当たらないが、将来結婚できるかどうかといった事を占うのであれば大体当たる。
まだ若いとはいえ卜占を専門に1000年以上やってきた家の娘で優秀な占者たる薫の卜占の成功率であればこれからの大雑把な行動を決める程度の事を占うのであれば70%ほどの確率で当たるだろう。
信じ込むには少し心許ないが、参考にするには十分な数値だ。
「わかりました」
薫はスーツのポケットから1組のカードの束を取り出す。
78枚によって構成されたカードの束。世界で最も有名な占いの道具の一つであろうタロットだった。
「タロットを使うのかい?」
栄一は少し驚いた声で言う。日本における卜占というと太占などを思い浮かべるので西洋が源流のタロットを使うのは意外だった。
その事を言うと薫は
「太占っていつの時代なんですか......第一、魔術が強力だった古代ならいざ知らず現代の魔術師が太占なんて使っても読み解く力が足りなさすぎて何がなんだかさっぱりなだけですよ」
占いの道具というものは種類こそ多いものの基本的には全て"魔術によって交信した霊的な存在の言葉を道具を使って不完全ながらも表す"ものなのだ。太占とは鹿などの骨を火で炙ってそのひび割れを読む方法なのだがひび割れ自体が綺麗に言語化されているわけではないので読み解くのには強力な霊視の能力が必要なのだ。その分、優秀な占者が読めばかなり多くの事を読み解ける。対してタロットはカードそのものが既にある程度の意味を持っているため読み解くために能力が比較的低くても良いというメリットがあるが、極めていくと読み解ける範囲は実は太占などの原始的な道具よりは狭い。
例えるならばアルファベット26文字と漢字26文字を比べたらどちらの方がより多くの単語を作って事象を表せるかというと間違いなくアルファベットになるだろう。漢字はそれぞれが意味を持つ、つまりはタロットのように既に意味がある分組み合わせに限界があるのに対してアルファベットはそのものがただの記号なので組み合わせ自体は大量にあるからだ。仮に漢字のようにタロットも何千枚も作ればより多くの事象を表せるが、現実的には無理だ。なので、タロットは太占より表せる範囲が狭い事になる。
そう説明されて栄一はなるほどとうなずく。
「始めますね」
薫は地面に座り、タロットを素早く展開していく。専門外である栄一には理解すべくもないが大雑把なタロットの意味をいくつも組み合わせ、整合性が取れるように読んでいるのだ。
「どう?」
しばらく経って栄一は聞く。
「多分ですが......家族に話を聞くべきだと思います。不思議なのですが犯人は魔術師ではないと占いに出ているんです」
「それが正しいなら犯人は......」
「考えられる可能性は2つですね。なんらかの
口ごもった薫を代弁するかのように栄一が台詞を引き取る。
「あるいは当初の予想通り犯人は接続者で、しかも非魔術師だと」
最悪のケースだなと栄一は呟く。
先ほど言った通り、接続者というのは人智を超えた魔術を使える人間だ。
そもそも魔術とは通説によると一人の人間から始まったものだと言われている。
名前はアブドゥル・アルハザード。
アルハザードはある日とある神に接触した。
その時様々な魔術を学び、それを一冊の本にまとめ、それが様々な言語に訳され世界中に広まった。
その時代の魔術は今とは比べものにならないほど強大で、魔術師たちは栄華を極めたと言われている。
接続者の何が特別かと言うと彼らは失われた魔術 ー下手をすればもっと強大な魔術をー 一部扱えるのだ。
一部とはいえそれでもそこいらの魔術師が数十人束になっても敵わないほどの力を行使できる。
だが、強大すぎる力には代償が伴う。
神々は気まぐれで接続者を作り出す。そして、接続者の願いを叶える可能性のある手段を提示する代わりになんらかの代償を要求する。
代償はその神によって違うが、接続者はもれなく凄惨なる死を迎えている。
魔術師の、そして接続者の始祖たるアルハザードも伝承によればある日衆人の監視の元、突如として何もない空間から現れた存在によって頭から貪り食われたという。
そして、今回の想定で何がまずいのかというと接続者でも魔術師であればある程度の知識を元に終わりを引き延ばせなくもない。だが、非魔術師は力をもらったはいいがほとんどが制御できずに暴走させてしまい、力を得てすぐに自滅する。
勝手に自滅すればまだいい方で、周囲を巻き込んで大惨事を起こした例もいくつかある。大災害と呼ばれるものの一部は接続者の暴走が原因だったりするのだ。
最悪の事態を想定して薫は青ざめる。
「とりあえず、家族に話を聞きに行こうか。確か資料によると第一発見者は被害者の妻だったよね?」
「ええ、そうですね。ここから数十分車を走らせた所に住んでいるようですので行きましょうか」
焦った二人は安置室を後にした。予想が当たらないことをどこかで祈りながら......
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