第3話 過去

 栄一と薫は車に乗って蓮町に向かっていた。運転免許が無いと言うー16歳だから当然と言えば当然なのだがー栄一ではなく薫が運転している。

 先ほどの話で薫は余計に栄一があまり好きでなくなっていたが一応は同僚ということになるので我慢しようと決めていた。

「そういえば栗本さんは何の魔術が専門なんだっけ?」

 それくらい履歴書を見ればわかるでしょうと言いたいのをこらえつつ薫は口を開く。

「専門は卜占ですね。その中でも未来予知が専門ですが一応卜占であれば何でも」

「卜占ね......日本の魔術らしいと言えばらしいね」

 元々日本において卜占は縄文時代から行われてきた古い魔術である。それこそ100%に近い予知が可能だったと言われている卑弥呼クラスは無理でもある程度出来れば捜査に役立つ。何も予知だけが卜占ではない。容疑者をある程度絞るだけなら当たる割合は高いので各国の政府組織や宗教団体などで重宝される魔術の一つである。

 薫の家は今は表向きは普通の企業をやっているものの元々は古代日本の神祇官をやっていたほどの言わば魔術の名門だ。古い伝統を重視する彼女の家が娘に卜占を学ばせたのはある意味当然だろう。

「他に使える魔術は?」

「後は基礎的な魔術ですね。回復系統はともかく、殺傷させるような魔術は不得手です」

 おそらくその理由は先ほどの会話にある。魔術を神聖なものとして扱う薫にとって犯罪などに使われるものというイメージが強い殺傷魔術はわざわざ習得する必要性を感じなかったのだろう。戦闘においては正直お荷物もいいところである。

「進藤さんはどうなんですか?何の魔術が使えるんです?」

 薫も聞いてみる。一応はパートナーを組んでいるんだから把握しておいたほうがいいと思ったのだ。

「僕は全く魔術は使えないよ」

 栄一から信じられない答えが返ってくる。

「えっ!?」

 思わず運転していることを忘れ、栄一の顔を見てしまう。

「おい!前!」

 ハッとして前を見ると危うく追突しかけるところだった。

 慌ててブレーキを踏んですんでのところで回避する。

「気をつけ...」

 そう言いかけた栄一を薫は強めの口調で遮る。

「魔術が使えないってなんなんですか!?」

「落ち着いて栗本さん」

 と栄一は薫と違い冷静だった。

「僕は正確な意味で魔術師ってわけじゃない。一応師匠はいたしある程度は魔術を理解もしているけれども素養が全くないんだよ」

 初めて会った時からほとんどの間浮かべている笑みを崩さずに栄一は続ける。

「だから......僕は魔術が使えない。爺さんが拾ってくれなかったらろくに食えなかっただろうね僕は」

 少しだけ自嘲を含ませた口調で栄一は言う。笑みに隠れてわかりづらいがその顔にはやるせない思いが浮かんでいた。

「......師匠と言うのは王警部の事なんですか?」

「いや、あの人は違う。僕の師匠は今は行方不明だよ」

「行方不明......?」

「いくつもの犯罪に関わっている容疑をかけられている人間でね。公安が僕を雇っているのもあの女の行動パターンを予測できるだろうと踏んでの事だ」

 言いにくいだろう事を栄一は淡々と口にしていく。

「僕は孤児でね。物心がついた頃には既に親は死んでいた。あの人は母親がわりにずっと僕を事を育ててくれたけど僕が10歳になった夜、突然魔術を僕に叩き込み始めたんだ」

 栄一曰くそれまで優しかった自分の師はその日を境に人が変わったようになったのだと言う。毎日のように魔術を叩き込もうとし、できない彼を見ては苛立ったそうだ。

「僕は彼女のそんな姿に怯えながらも必死で魔術を学ぼうとした。僕たちは山奥で隠遁生活を送っていたから僕にとって世界の全てはあの人だけだったんだ」

「1年ほどが経ったある日、彼女は僕を捨てた。魔術の素養が全くなく、彼女にとって役立たずだと判断された僕はせめての存在価値だと言われて彼女の実験台にされた」

「地獄が待っていたよ。毎日様々な魔術をかけられて何年も過ごした。毎日耐え難い苦痛を浴びたかと思ったら突然笑い続けたくなるような快楽が襲ってきたこともあった」

「体は燃え、治され、また燃やされた。全てが夢なのか現なのかもわからないまま時だけが過ぎた」

「何年経ったかもわからなくなった頃、彼女は廃人になった僕を置いて僕らが住んでいた家を出ていった。で、行方不明のままってわけ」

 薫はあまりの話の内容に言葉を失った。何かを言おうとするも何も言えず、ただ黙って前を見て運転するしかなかった。

「だからね、僕は魔術が使えない出来損ないなんだよ。魔術を知っているのに使えないなら」

 と栄一はこの凄惨な話をしている間もずっと浮かべてた笑みを一層歪めて言う。

「なんであの人は僕に魔術を教えたんだろうね」

「......なんで」

 薫はようやく言葉を絞り出す。

「なんでそんな話をしながらずっと笑っていられるんですか......!?そんなのおかしいでしょう!どうなってるんですか貴方は!」

「その事とは別の話になるんだけど感情が薄くなってるんだ」

「えっ......」

「喜怒哀楽が全くないわけじゃないんだけど限りなく薄いんだよ。本当に強く感情が出ないと顔が変わらずずっとニヤニヤしたままになってしまうんだよ」

 新たな衝撃に薫はまた言葉が出なくなる。

「僕の話はこんなもんかな。ごめんね変な話しちゃって」

 だけどどうせいつか知るからさ。と栄一は言う。

「そうだ、いつか会うかもしれないから覚えておいてね。僕の師匠の名前」

 その名前を忌み嫌うかのように栄一は口を一度閉じ、かすかに顔を歪めた後その名前を口にした。

「西・ハーベルト・綾火。世界最高峰の魔術師の一人で、世界最悪の魔術師の一人だよ」

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