第2話 出会い
蓮町での出来事の後......
進藤栄一は警視庁の一室にいた。上九一に会った時と同じように笑みを湛えている彼の前には一人の老人が座っている。
黒髪に黒い目というどこにでもいそうな日本人の進藤と違い、その老人は金髪に茶色の目というどこの人種なのかわかりづらい外見をしていた。
実際、どこか外国の出身らしいが栄一は細かくは知らないし興味もなかった。
老人は缶コーヒーをすすりながら栄一に聞いた。
「で、どうじゃった?」
「間違いなく魔術師によるものでしょう。しかも相当レベルの高い魔術を使います」
老人は深く頷く。
「いずれかの組織によるものかどうかはわかるか?」
「それについてはなんとも。個人によるものの可能性すらあります。被害者が一般人であることを鑑みると個人による怨恨の線が強いかと」
「それにしてはこのレベルの魔術師が起こした事件というのは不可解じゃのう。通常であれば組織の幹部クラスの実力者が個人の怨恨で事を起こすか?」
「であれば」
「うむ。
栄一の笑みが少し引きつったように見えた。
「接続者となると厄介ですね。どんな現象を引き起こすかわかったものではないですから」
「うむ、しかもこちらが把握している魔術の技量に見合っていない現象をも引き起こせる可能性が高いから被疑者の人数が多くなるのう」
栄一が頭を抱える。笑顔のままそうしたから彼を知らない人が見ればひどく不気味な光景だった。
だが老人は気にした様子もなく缶コーヒーをちびちび飲んでいる。
「他の人は捜査できないんですか?」
「残念ながらほとんどが忙しくてのう。栄一、お前さんぐらいしか今は動けん」
「そりゃないですよ
王と呼ばれた老人はーそれが本名かどうかは栄一には知る由もなかったがーそんな彼の様子を見て言う。
「まあ心配するな。流石に一人じゃきついだろうと思って考えてあるわい」
そう言って王は紙を一枚栄一に渡した。栄一が見てみるとそれは履歴書だった。もっともその縁に魔術的な刻印がなされており、魔術の素養がない人間が見ても別の事が書いてあるように見えるようにしてあった。
「これは......?」
「喜べ栄一」
老人はニヤッと笑って言った。
「お前にも部下ができたわい」
「はじめまして。栗本薫と申します」
パンツスーツを身にまとった女性が栄一に向かってお辞儀をしていた。名前の通り栗色の髪をした知的な見た目の女性で美人と言って差し支えがないだろう。歳は23,4だろうか? 栄一よりは年上に見えるがまだ全然若い。
「栗本君は著名な魔術の家系の出自でな。あのアメリカの魔術研究の名門ミスカトニック大学を出ておる。この度
なぜか王が自慢げに言う。だが、栄一にもその気持ちはわかった。アメリカのミスカトニック大学と言えば表には知られていないが著名な魔術の研究施設でヨーロッパに古くからある教会や学校にも匹敵するレベルの研究を行なっている。そこを出たとなるとエリートで、そんな女性が就職先として公安を選んだ事は珍しい事なのだ。
「というわけで栄一、お前さんが栗本君の教育係じゃ。今回の事件の解決にも彼女の知識は役に立つやもしれぬ。頼んだぞ」
「いや、王さん......こんな大学出たての捜査員押し付けられても困るんですが」
「魔術の体系に関しては栗本君の方が詳しいぞ」
栄一はイラっとしたが言い返せなかった。たしかに彼はその出自が特殊なため一般的な魔術師のように魔術を体系的に学んでいない。そもそもにおいて栄一は本来なら公安0課に配属されるはずはない経歴の持ち主なのだった。
にも関わらず彼がここの捜査員として働けているのはひとえに目の前の老人の尽力のおかげだった。その思いは必ずしも好意のみによるものではなかったが少なくともある程度の迷惑はかけている以上栄一は王に逆らいづらい。
「栗本君は確かにまだ新入りじゃし戦闘系統の魔術に特別秀でてる訳でもないがその膨大な知識は栄一、お前に足りないものじゃ。逆にお前も栗本君に足りないものを持っている。そこをお互いにうまく補い合うがよい」
栄一は頷く。元より彼に王に逆らうという選択肢はない。
「ではさっさと行った行った。早くせんと犯人が逃げてしまうぞ」
警視庁の先ほどとは別の部屋で進藤と薫は座っていた。進藤はこちらにあまりいい印象を抱いていないようだったが薫も同じだった。
見た目が非常に若い、ずっと笑顔が張り付いたままの進藤に不気味さを感じていたのだ。
「改めてよろしく。進藤栄一です」
「こちらこそよろしくお願いいたします。進藤巡査部長」
「栄一でいいよ。栗本さんも年下相手に敬語とか嫌でしょ」
その言葉にやはりと思いつつも驚いて聞き返す。
「進藤巡査部長はおいくつなんですか?」
「栄一でいいってば......16歳だよ」
「いくらなんでも若すぎませんか......?」
「うちは普通の警察組織じゃないのは知ってるだろう」
まあでも確かに、と進藤は笑みを強くする。
「その中でも僕は例外だけどね」
通常の警察とは違い、公安0課は魔術による事件を扱う。その性質上公式には存在しないことになってるし通常の警察の階級などもあまり意味をなさない独特のシステムをとっている。栄一も一応は巡査部長という階級になっているが、これは蓮町での出来事のように表立った行動をしなければならない時に見せる身分で実際には公安0課に上下の区別というのはあまりない。全員を統括している王は課長ということになるがそれ以外のメンバーは平等な立場をとっている。先ほど王が薫を栄一の部下と言ったのは言葉の綾のようなもので教育期間が終われば二人は平等だ。
「僕は生まれが特殊でね。学校とかにもあんまり行ってないから本来だと公安0課に入れる身分じゃないんだけどあの爺さんが拾ってくれてね。爺さんが教えてくれたからちょっとは普通の魔術も扱えはするけど練度は低い」
エリートの君とは違うねと皮肉げに栄一は言う。
「ところで栗本さんはなんで公安なんかに? 正直言って他にも就職先は沢山あったでしょ」
「私はただ単に魔術を悪用する連中が許せないだけです。神聖なものである魔術を使って犯罪しか行わないなんてそんなのおかしいじゃないですか」
「魔術が神聖ね......非常に魔術師らしい発想だなぁ」
栄一は声をあげて笑う。
「魔術が神聖かい?今の魔術なんてほとんどが科学で代用できる劣化品じゃないか。始祖たるアブドゥル・アルハザード以降どんどん人類の魔術の能力は劣化して行き、科学にその座を奪われ、結果今は学問としての研究か証拠を残しにくいことを利用した犯罪での使用ぐらいにか使えないじゃないか」
薫はムッとして言い返した。
「そんなことはないです。魔術を極めれば今でも始祖に近づける可能性はあります。事実、幾人かは非常に高い魔術の能力を持っているじゃないですか」
「その高い魔術の能力も結局は一般人より少し強いくらいなものだと思うけどね。果たして米軍の兵士に真正面から勝てる魔術師が何人いることやら」
「魔術は戦闘のためだけのものじゃありません!」
「確かにね。では科学でできないことを行える魔術師は何人いるだろうね?ほとんどゼロに近いと思うよ」
もっとも、と栄一は続ける。
「接続者なら別だけどね」
「接続者......ですか......」
薫はその言葉を忌み嫌うように口にする。彼女のような真っ当な道を歩んできた魔術師にとって接続者はいい印象を抱かない存在だった。
「接続者は真っ当な魔術師ではないでしょう。そもそも魔術師かどうかすら怪しい」
「ごく稀に魔術の素養がないのに接続者になる人間もいるしね。大体が破滅の道をたどるけども」
「接続者全員が破滅の道をたどると思いますが」
「そもそも始祖そのものが接続者だったのに接続者を忌み嫌う魔術師の感情は僕には理解できないんだけどね」
「忌み嫌われて当然ですよ。自身の身の破滅と引き換えに願いを叶えようとするなどただ強欲なだけです」
「そこまでして叶えたい願いがあったんだよ」
栄一は初めて真顔になった。その表情の変化に薫は驚く。
「栗本さん。君の主義主張はこの際置いておいて聞いてほしい」
真剣な表情のまま栄一は言う。
「一つ、接続者は強い。普通の魔術師じゃ到底かなわないぐらいの強さを持つ彼らに下手にかかって行くと殉職する羽目になる」
そしてもう一つと前置きして栄一は続けた。
「今回の件はほぼ間違いなく接続者の仕業だ。一人でいるときに会ったらすぐ逃げろ」
「私じゃ勝てないと?」
「無理だね」
あまりにもはっきり言われて薫は怒りというより戸惑いが先にくる。
薫は接続者に会ったことはない。もちろん文献では読んだことはあるし研究をしている友人もいた。
彼らの存在はあまりにも秘匿されているし彼らの扱う魔術もほとんどの人類が扱えるものではない。彼らを深く勉強するメリットが薄いのだ。
だから薫には接続者がどの程度強いのかいまいちピンときていないのだ。神に強く願った結果神の領域に足を踏み入れた彼らの強さは文字通り神がかっている。
アリが象の全貌を認識できないように普通の魔術師に接続者の底は計り知れない。
戸惑いを隠しきれてない薫の表情を見て栄一はため息をつく。
「理解できないならいいけど......殉職して僕が爺さんにブチ切れられるのだけは勘弁してくれよ」
彼はそう言うと立ち上がってドアの方へと歩いていく。
「待ってください。どこに行くんですか?」
慌てた様子で薫が聞くと栄一は振り返りもせずに言う。
「蓮町」
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