少年は愛する者の夢をいつまで見るのか

木星

第1話 怪死

 関東地方の小さな町たる蓮町蓮町れんちょうでここまで多くの警察官が動員されることなど過去になかっただろう。

 それほどこの事件は不思議で不可解なものだった。

 事件を凄く簡潔に述べるなら若い男性が一人死んだというだけのものだがその死に方が異常なのだ。

 真っ黒に炭化して死亡した状態で家の中で発見されたにも関わらずその周りにあるものは一切焦げていない。それだけならまだしも司法解剖の結果が更に不可解だ。

 通常人が焼かれて死ぬ時、直接の死因は焼かれたからというよりは窒息死だ。高音の空気を吸い込んだことにより肺が焼け、呼吸ができなくなるからである。

 にも関わらず司法解剖した結果その男の肺と脳は綺麗なピンク色のままだった。他の臓器までもが炭化した中その二つは一切熱が通っていないのだ。

 つまり検死官の報告を纏めるとこうなる。この男性は高熱で焼かれたものの何らかの要因で脳と肺が損傷を免れたが、皮膚の防水性が失われたことにより組織液が流れ出て脳に酸素が回らなくなり脳が回復不能なほどの損傷を受けたことにより死亡した。

 困ったことにどこで、どのように焼かれたのかが一切わからないのだ。というより常識外れすぎて検死官もお手上げ状態である。

 というわけでいたずらに人員の動員のみが行われたものの事件から5日経っても何も分からずじまいだ。

 既にこの謎の事件はマスコミに嗅ぎつけられ、連日警察署の前で報道陣が張っているが警察としても分からないものは何も言いようがない。

 捜査本部長の上九一上九一かみくい警部はしばらくまともな睡眠も取っておらず疲労が限界に達していた。

 死んだ魚のような目で捜査本部でボーとしている上九一の元に一人の刑事が駆け込んできた。

「警部。お客様が見えていますが」

「あぁん?」

 上九一は機嫌が悪いのを隠そうともせずに答える。

「今忙しいからと言って帰ってもらえ」

「いえ、ですが」

 と刑事は動揺を隠しきれていない顔で続けた。

「警視庁の公安の方だそうです。なんでも今回の事件について警部とお話がしたいとか」

 上九一の靄がかかった頭が一瞬で晴れた。混乱しながら刑事に聞く。

「公安だと?確かにそう言ったのか?」

「はい、身分証明書も持っていました。間違いなく公安の人間です」

 上九一はそれを聞いて更に混乱した。公安はテロ対策などをメインで行う課だ。警察組織の中にありながら一般市民がイメージする警察である警備とは違い表舞台に立つことはほとんどない。秘密主義的な傾向が強く、警備との合同捜査も行うことは基本的にないため警備の一般の人間がその実態を完全に把握することはない。

 その公安の、しかも日本で最も公安の規模が大きい警視庁の公安がわざわざこんな所に?

 上九一は一瞬迷ったが自分の所に連れてくるように言った。


「はじめまして。警視庁公安部の進藤と申します」

 連れてこられた人物はどこか人を魅了するような笑顔の持ち主の美青年だった。

(信じられない......)

 上九一は目の前の青年の見た目に衝撃を受けた。

 進藤と名乗るその男は若かった。精々17やそこらにしか見えない。とても公安部の人間だとは思えないぐらい見た目が若いのだ。

 にも関わらず進藤の見せた身分証明書はこの男が確かに公安部の人間であることを示している。一瞬偽造をも疑ったが細かいところまで見た結果本物であると断定しないわけにはいかなかった。

 戸惑いながらも上九一は自らの名前を名乗り、進藤がここに来た用事を聞いた。

「用事というのはですね、私が個人でこの事件を捜査することをお伝えすることです」

「公安が関わるような事件なのですか?」

「公安の管轄の可能性があるということです」

「なんらかの宗教組織や政治犯が関わっていると?」

「お答えできません」

 一切の淀みなく進藤は上九一の質問を切り捨てた。

「捜査資料も戴けると幸いなのですが」

「それは......」

 上九一は一瞬躊躇したが頷いた。

 本音では渡したくなどなかったのだが、進藤に言われると渡さざるをえないような気分になった。

「ありがとうございます。話がすぐに終わってよかったです」

 進藤は上九一に会った瞬間から変わらずその顔に張り付いている笑顔のまま頷いた。

 立ち上がり、部屋から出ようとする進藤を上九一は引き止める。

「待ってください。少し質問があるのですが」

「なんでしょう?お答えできることでしたらいいのですが」

 この質問をするべきか否か上九一は迷った。凄く馬鹿げた質問に思えたからだ。

 だが聞かずにはいられなかった。進藤を一目見た瞬間に思ったこの疑問をそのままにして彼を帰らせるわけにはいかなかった。

「貴方は何者なんですか?」

 その一見不可解な質問に進藤は笑顔のまま答えた。

「何者でもありませんよ」

 その答えを聞いて呆然とした様子の上九一を尻目に進藤は部屋から出て行った。

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