6.公園の涙

 ガラスの建物から追い出されて、数日後、若者は、気味の悪いせきをするようになった。

 恋人を探すために、あまりにも大勢の人に会いすぎて、誰かから病気をうつされたのかもしれなかった。


 高い熱が出て、咳が止まらなくなり、息もできなくなり、若者は入院した。隔離病棟かくりびょうとうのベッドの上に横たわり、痰はのどからあふれて肺に流れ込み、若者は生死の境をさまよった。

 若者は高熱にうなされ、悪夢を見た。しかし、夢の内容が、どこまでも悪い方向へ突き進もうとすると、なぜか恋人の姿が夢の中に現れ、若者の心を、おだやかで明るい世界へ連れ戻してくれるのだった。

 夢の中の恋人は言った。

 「あなたも、病気のない世界に来ればよかったのに……」

 若者は恋人に呼びかけようとするが、そのたびに目を覚ましてしまうのだ。

 長く、苦しい、闘病とうびょうの日々は、いつ終わるともなく続いた。

 そして、若者は、重い症状を奇跡的に乗り越え、回復したのだった。


 若者は、退院を許され、街へと歩み出た。

 明るい日差しとそよ風を、久しぶりに浴びた。足がふらついてきたので、近くの公園のベンチに腰掛けて休息した。疲れはしたが、マスク無しでする散歩は、気持ちがよかった。

 その時、不意に、若者はあることを悟った。

 自分はもう、夜空に浮かぶガラスの建物を見ることはないと。もう二度と、銀色の人に呼び寄せられることはないと。

 なぜなら、自分は死病を乗り越え、免疫がついてしまったから。銀色の人に助けられるべき理由が、もうなくなってしまったから。

 その考えは、若者の腹の底から湧き上がり、体全体にしみわたっていった。

 若者の両目から、涙があふれ、こぼれ落ちた。

 「うう、あ、あ……」

 若者はもう、ガラスの建物に乗り込むことはできない。恋人を助けに行くことができないのだった。


 しかし、若者の考えは、半分正しく、半分間違っていた。

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