5.銀色のルール

 若者は、廊下を静かに歩いた。

 恋人を待たせていた、壁際のところに着いた。そこに恋人はいなかった。若者は『84番の扉』を見た。ルームナンバーが変わっていた。137番になっていた。


 若者は、通りかかった銀色の人を呼び止め、質問した。

 「そこに、84番の扉があったね?」

 銀色の人は、若者を見とがめもせず、おだやかに答えた。

 「ありました。現在は137番に変わっています」

 「84番の扉だった時、そこの壁際に立っていた女の子がいた。彼女がどこへ行ったか、知らないか?」

 若者は、答えを簡単にもらえるとは、思っていなかった。しかし、銀色の人は、ただちに返答した。

 「いましたね。彼女は、84番の扉の世界へ、入って行きました」

 「それなら話が早い。彼女を、こちらに呼び戻してもらえないか?」

 「病気のある世界に、呼び戻すことはできません。助けたことが、無駄になりますから」

 「そうか。なら……」

 若者は、力を込めて言った。

 「ぼくを、彼女のいる世界に、送ってほしい」


 銀色の人は、若者の強い願いに、少しも驚く様子がなかった。

 「84番の扉は、閉じてしまいました。なので、お送りすることはできません」

 若者は、怒りをこらえた。暴れてみても、裏口から追い出されるのが落ちだろう。

 「一度はぼくのために、84番の扉を開いてくれたじゃないか。どうして、今は駄目なんだ?」

 「二つの異なる世界をつなげるには、大変な労力を要するのです。私たちの力をもってしても。一回の接続で、最低でも50人の命を救わなければ、力の無駄使いになってしまいます」

 「そこを曲げて、なんとかしてくれないか。ぼくと……ぼくと彼女は、恋人同士なんだ。どうしても、一緒にいたいんだ!」

 若者は、鼻の奥がつんと痛くなるのを感じた。若者は、涙が湧いてくるのをこらえた。

 「もし、ぼくたちを一緒にしてくれたら、ぼくと彼女は、君たちに感謝するよ。喜んで、命を大切に使うよ! もちろん、命の数を、その……増やしてあげる。可愛い赤ちゃんをね! 君たちの仕事が人助けなら、いい結果になると思うよ?」


 銀色の人は、少しの間、沈黙していた。やがて、口を開いた。

 「あなたのおっしゃることは、もっともに聞こえます。特例が認められないか、私たちの創造主メイカーに、問い合わせてみます」

 若者は、ひとすじの希望を感じた。しかし、銀色の人の話しかたに、奇妙なものを感じた。この銀色の人たちは、どこかしら、作り物めいたところがあった。

 「君たちの創造主メイカーって、何者なんだ?」

 「私たちを創造メイクした存在です」

 相変わらず、分からない説明だった。

 「その……存在は、ぼくたち人間を、助けたいと思っているの?」

 「助けるよう命令されています」

 銀色の人は、創造主メイカーのことについて、話しづらいようだった。

 若者は、ずっと気になっていたことを尋ねた。

 「ルームナンバーには、どんな意味があるの?」

 「一つの世界が、受け入れてくれる人間の数には、限りがあります。なので、たくさんの世界に、少人数ずつ面倒を見てもらっています。扉を閉じて、ルームナンバーを変えるのは、これ以上は送り込みませんという、約束を形にしたものです。

 そんなわけですから、特例を認めてもらうにしても、簡単には……」

 銀色の人は、突然、話すのをやめた。


 沈黙が長く続き、若者は心配になってきた。

 銀色の人は、若者を冷たい目で見つめ、通告した。

 「先ほどまで、あなたの健康状態を、調べ直していました。その結果、あなたの体内に、わずかながらウィルスが発見されました……」

 「おい、ちょっと待ってくれ……」

 「……あなたは、病気にかかっています。残念ながら、84番の扉を通ることは、許されません。ただちに、この建物から退出してください」

 「待ってくれ! そんなことって!」

 若者は、思わず、銀色の人につかみかかってしまった。でも、その手には、なぜか力が入らなかった。

 銀色の人たちが何人も近づいてきて、若者を取り囲んだ。彼らの背後から、銀色の幕のようなものが広がり、じたばたする若者を包み込んだ。銀色の人たちは、若者を追い出しにかかった。その動作はまるで、機械のように正確で、徹底したものだった。

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