4.さらわれてゆく街

 翌朝、若者は、留置所のかたいベッドの上で、目を覚ました。

 起きるなり若者は、見張りの警察官に訴えた。

 「助けてください! 恋人が、恋人が誘拐ゆうかいされたんです!」

 別の警察官が来て、若者の話を聞き、留置所から出した。


 若者は、その警察官を、謎の建物まで案内した。

 あの、夜空に浮かんでいた光り輝く建物は、そこには無かった。

 若者は、付近をめちゃめちゃに探し回った。それでも見つからず、若者は茫然ぼうぜんとなり、路上にうずくまった。

 警官は、マスク越しのくぐもった声で告げた。

 「あなたのような訴えが、時々あります。家族や友人を、光る建物にさらわれたと。しかし、建物は見つかりません。

 私たちは最初のうち、念の入ったいたずらかと思っていましたが、そうではないようです。夜間に巡回中の警察官が、光るガラスの建物を目撃した報告があります」

 若者は、うつろな声で言った。

 「建物のことは、もういいです。恋人を、助け出してください……」

 「携帯をお持ちなら、そのかたに電話してみてください」

 若者は、言われたとおりにした。しかし、電話はつながらなかった。

 「そのかたのご家族の連絡先を、教えてください。捜索願そうさくねがいを、出してもらいますので」

 若者は、恋人の両親の住所を伝えた。そして気が付いた。

 「失踪しっそうじゃないんです。自分から消えたんじゃありません。あの子は……誘拐されたんです!」

 警察官は、首を振った。

 「あの、銀色の奴らには、私たちも正直、打つ手がありません。悔しいですが……でも、できるだけのことは、やってみます」

 「そんな、無責任な……」

 警察官は首を振り、歩き去った。


 その日から若者は、恋人を探すために、街を駆けずり回った。

 恋人が立ち寄りそうなところを、かたっぱしから訪ねて回った。思いつく限りの友人、知人に連絡し、恋人の姿を見たことがないか聞いた。手掛かりは、見つからなかった。

 恋人の父親は、押し殺した声で言った。

 「ガラスの建物に入ったんなら、しかたがない。行った先で、幸せに暮らしとるだろう。あんたは、ようやってくれた。これ以上、無理せんでええ……」

 恋人の母親は、顔を覆い、すすり泣いていた。

 「どうして一緒に、連れて帰ってくれんかったの……?」

 母親のその言葉を聞いた若者は、気が狂ったようになった。若者は、あてもなく街をさまよい歩いた。しかし、恋人は見つからなかった。


 警察からは、その後、何の連絡もなかった。若者は、弁護士事務所を訪ねた。警察がなまけているのではないかと思ったから。

 弁護士は、分厚い顔にしたたかな笑みをたたえた、抜け目なさそうな男だった。

 「警察を突っついて、真面目に働かせるには、コツがあります。一般のかたには無理です。わたくしどもにお任せください」

 若者は、弁護士に事情を話した。弁護士の笑顔が消えた。

 「ガラスの建物の、銀色の人たち。あれは無理です。私どもでも、手に負えません。この件は、お受けできかねます……」

 若者は返事もせず、うなだれて、弁護士事務所を去った。


 若者はもう、何も考えられず、町の中を、ただ、さ迷い歩いた。時はむなしく過ぎ、夜になった。

 夜の街には、以前よりさらに、人の気配がなかった。伝染病を恐れる人は家の中に閉じこもり、そうでない人は、ガラスの建物の中に吸い込まれていくからだ。

 若者は、不意に、夜道の前方が明るくなっていることに気が付いた。若者は、うつむいていた顔を上げた。


 そこには、長い行列があった。

 ゆるやかな坂道が、まっすぐに伸びている。街灯が並び、歩道を照らしている。その下を、大勢の人々が行列を作り、ゆっくりと坂道をのぼり続けている……。

 若者は行列に近寄り、後ろに並んだ。おそらくこのやりかたでしか、ガラスの建物の中には入れないのだろうと思った。

 行列はゆっくりと、止まることなく坂をのぼり続けていた。やがて道は平らになり、行く手に、あの光り輝くガラス張りの建物が見えてきた。

 若者は行列の一人として、正面玄関をくぐった。なにひとつ、とがめられることはなかった。

 行列は、ロビーでグループ分けされ、銀色の人が案内役についた。若者はおとなしく案内に従った。エスカレーターに乗り、二階に運ばれ、廊下を歩き始めたところで、そっとグループから離れた。

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