2.ガラスの建物

 若者と恋人は、行列の一番後ろに並んだ。

 なぜだろう、なんとも、しっくりと、いるべき場所に落ち着いた気がした。


 ふたりの前に、中年の男女が並んでいた。夫婦のようだ。若者は、話しかけてみた。

 「あの……この行列は、どこへ向かっているんですか?」

 夫婦は顔を見合わせ、夫人のほうが答えてくれた。

 「とても、良いところだそうですよ。病気にかかる心配のない所」

 「それは、どこなんでしょうか?」

 夫人は、困ったような顔になった。

 「さあ……前の人から、そう聞いたんですよ」

 若者は、首をかしげた。横から恋人が言った。

 「行ってみたら、分かるよ」

 「それもそうか……」


 行列はゆっくりと、止まることなく進んでいった。

 いつの間にか、若者と恋人の後ろにも人が並んでいた。子供の手を引いた母親らしかった。その人が、話しかけてきた。

 「あの……この行列って、どこへ向かってるんでしょうか?」

 若者と恋人は顔を見合わせ、恋人が答えた。

 「とても、良い所みたいですよ。病気にかかる心配のない所」

 「それは、どこなんでしょうか?」

 恋人は、困ったような顔になった。

 「さあ……前の人から、そう聞いたんですけど……」

 母親は首をかしげた。横から子供が言った。

 「心配せんでも、行ってみたら分かるって」

 その話を聞きながら、若者は、夢でも見ているような気持ちになっていた。


 行列は、止まることなく進んでいく。夜空にぽかんと浮かぶ月だけが、人々を見守っていた。

 やがて、道は平らになり、前方の明るさが増してきた。建物の窓明かりだった。

 行く先に、一つの建物がそびえ立っていた。硬質ガラスで、壁面の全てがおおわれていた。まるで、ガラス細工の宝石箱のようだった。夜空を背景にし、建物は光り輝いていた。

 若者は、不審ふしんに思った。このあたりに、あんな建物があったろうか? だが、行列は止まることなく建物を目指していた。先頭の人たちは、建物の正面入り口から中へ入っていく。


 若者は、恋人の肩を叩いた。

 「知らない建物だ。うっかり入るのは、どんなものかな?」

 恋人は、きらきら光る目で、若者を見返した。

 「きれいな建物……わたし、入ってみたい。きっと、何かあるよ。とっても、素敵なことが……」

 恋人は、両手で若者の腕を握りしめ、ぐいぐいと引っ張った。その勢いと、きらきら光る目に、若者は逆らえなかった。

 いつの間にか、ガラスの建物は、目の前で光り輝いていた。ふたりは、建物の正面玄関をくぐり、中へ入っていった。


 玄関をくぐった先は、広いロビーになっていた。豪華な印象が、さりげなく漂っていた。

 行列は、そこで、いくつかのグループに分けられた。

 グループ分けをしたのは、銀色に輝く服装をした、何人かの人たちだった。その服装は、首から下を、爪先までぴっちりと覆っていた。彼らは、この建物のスタッフらしかった。

 一つのグループの中に、若者と恋人はいた。『銀色の人』が一人、グループの前に立った。案内役のようだ。

 銀色の人は、一礼してから言った。

 「皆さん、ようこそ。これから皆さんを、病気にかかることのない、良い世界にご案内します。私に、ついてきてください」

 グループの全員がうなずき、ぱちぱちと拍手した。銀色の人はグループの先頭に立って歩き出し、一同は後に続いた。

 ロビーの奥には、エスカレーターがあった。グループは上階へと上がっていく。


 若者の心に、不安がこみあげてきた。さすがにこれはおかしいだろうと思い始めた。

 若者は周囲を見回した。内心の不安に、同意してくれる人を求めて。でも、周りの誰もが、落ち着いて、安らいだ様子だった。

 若者は、隣にいる恋人の顔をのぞき込んだ。

 恋人は、若者の腕につかまり、幸せそうな微笑みを浮かべ、若者を見返して言った。

 「どうしたの? 心配そうな顔して……」

 「この先どうなるのか、不安になってきたんだ。きみは、平気なのか?」

 「どうして? 病気のない世界に、行けるのに……」

 若者は、前に立っている中年の夫婦に問いかけた。

 「なんだか、おかしいと思いませんか?」

 夫のほうが、返事をした。

 「私は別に……何か、気になることでも?」

 若者は、あせる気持ちで、後ろに立っている母子連れに問いかけた。

 「このまま進んでいって、いいんでしょうか?」

 母親のほうが、戸惑とまどったように答えた。

 「病気のない所へ行けるんでしょう? 違うんですか?」

 若者の不安は、恐怖へと育ち始めていた。

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