第46話 白日の下に
総司と春は付き添いの養護教諭に車で学校まで送られた。 野上は検査の結果、額の腫れこそひどいものの、幸い脳にも骨にも異常は認められなかった。 とは言え頭の怪我だ。 念のためにと一晩入院することになったので同じ車で移動するようなことにはならずに済んだ。
そして今、二人は学校で養護教諭から引き継いだ渡部の車で総司の家まで送られている。
事件について、当事者の総司に対しての聞き取りは当然行われる。 しかし、総司の怪我のことがあるため今日は帰宅を許されていて、養護教諭に直接送ってもらうはずだった。
それがわざわざ学校を経由することになったのは、一先ず状況を説明してやりたいと渡部から連絡があったからだ。 それも理由の一つだが、一番の理由は総司と春の同居が知られないようにとの渡部の気遣いだった。
総司と春の自転車は洋介たちが総司の家まで運んでいる。 二人の荷物を積んで待ち受けていた渡部の車に揺られながら、総司も春も一言も話さない。 それはいつものこと。 何も変わっていなかった。
説明すると言った渡部も、重苦しい雰囲気に口を開きかね、どう話したものか考え込んでしまう。 それでも、正式な聞き取りの前に状況を話しておかないとならない。
「柴谷……とりあえず今回の件についてお前が警察に捕まるようなことはない」
「……無理じゃないですか? あの先輩は警察に訴えると思いますよ」
「それは担任の吉田先生が話をしに行っている。 この件で柴谷を訴えるなら強姦未遂で野上も訴えられることになるってな」
渡部の言葉に総司は疑問を感じた。 警察に通報するかどうかはともかく、野上を訴えるかどうか、それは春が決めることで学校が決めることではない。 しかし、渡部はそれがすでに春の意思とは関係のない決定事項のように話している。
「隠蔽……ってことですか?」
「犯罪を犯す意図もなく起きた、謂わば事故のようなもので生徒の未来に影を差すのは教育者が取るべき姿勢と言えるだろうか。 校内にてしかるべき処分を下すに止め、反省を促し過ちを繰り返さぬよう寄り添い導くことこそ教師の役目ではないか。──って校長の言い分で表沙汰にはしないことになった。 建前か本音かは知らないがな」
知りようがないのだから知らないと言っているが、信じているかどうかで言うなら欠片も信じていないのだろう。 渡部は皮肉げに笑っている。
「学校としては生徒から犯罪者は出したくない、ってのが本音だとしても、俺もまあいいと思っている。 自覚的に犯罪を起こそうとしたわけでもないし、無自覚に犯罪を犯しかけたが未遂で済んでいる。──戸倉たちが柴谷にしたことを黙っている俺の方がむしろ責められるだろうな」
無自覚に、好意であったとは言え犯罪を犯したと、それを思い出させられ、春が暗い顔でうつ向く。 その横で総司が春に目を向けたのを春は気付かなかった。
「まあ野上が本当に無理矢理にでもしようとしてたなら許されんし隠蔽なんかさせないが、須原たちの話からして野上もそういうつもりじゃなかったんだろう。 バカには違いないがな。 だから戸倉には野上が柴谷を訴えない限りは──」
「もちろんです! 総司くんが警察に捕まらないなら……」
学校の意向に従ってほしいという渡部に、春は一も二もなく頷く。 自分のせいで総司が警察に捕まらないためならそんなことはどうでもいい。 そもそも、自分がはっきり嫌だ、しないと断っていたなら野上を勘違いさせることもなかったと、自分の責任も感じていた。
「……ちなみにどんな話になってるんですか?」
強姦未遂という言葉から、学校側にある程度は話が伝わっているのは分かった。 洋介たちがその場に居合わせた人間として聞き取りをされたのだろう。
それを知りたいという総司に、渡部は煙草を取り出し、しかし生徒を乗せているのだからと思い直してポケットにしまうと代わりに電子タバコを取り出す。 軽く開けた窓の隙間に蒸気を吐き出すと、渡部は結論から話し始める。
「今のところ、学校側は須原たちの話を事実として仮にだが処分を決めている。 実際には確認のためにお前らに聞き取りをしてからになるが、現時点で柴谷、お前は五日間の停学処分だ」
「そんな! 総司くんは何も……悪いのは先輩と──」
あたしなのに。──そう呟く春に、渡部は頭を掻きむしる。
「んなこた分かってる。 確かに悪いのはお前と野上だ。 だけどな、柴谷が野上を殴ったのは事実だし、勘違いしてるのも言葉を尽くせば止められたんじゃないかって声も当然あるんだよ。 戸倉を守ろうとしたのと野上が犯罪を犯さないように止めたってのを評価して、これでも短くはなったんだ」
「でも……」
「野上は停学三週間。 故意犯ではないし未遂で、須原たちが庇ったから今回の行為に対する処分は現状では軽いが、あのバカ、職員室から鍵を盗んでたのがばれたからな。 学校側の管理不行き届きもあって少しは軽くなったがそっちの方が処分は重い」
「……ちょっと待ってください」
野上の処分など興味はなく適当に聞き流していた総司だが、聞き捨てならない一語が引っ掛かった。
「須原たちが……庇った?」
「ああ。 野上も勘違いをしていたんであってそんなつもりじゃなかったってな」
「……あんなことするやつでも仲のいい先輩だからですか?」
「お前を守るためだよ、柴谷」
わけが分からない。 あからさまに疑問を顔に浮かべる総司だが、前を向いて運転する渡部から後部座席のその顔は見えない。 それでも、総司が疑問に思っていることが分からないはずもない。
だが、渡部は総司の疑問には答えず春へと言葉を投げ掛ける。
「戸倉。 相談もなしに進めたが、お前は須原たち六人と一緒に三日間の停学処分だ」
渡部から告げられた言葉に、総司と春の思考はしばらく固まってしまった。 居合わせた洋介たちと、今回の件においては被害者の春が停学処分というのはどういうことなのか。
「……どういうことですか?」
わけが分からずに同じ言葉を繰り返す総司に、渡部は今度ははっきりとその答えを返していた。
「須原たちは今回の事件は戸倉を含め自分たちの不純異性交遊に原因があったと、それを学校に話したんだ。 全部じゃないがな」
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