第40話 大きな変化

 期末試験まで10日。 その厳しい現実を突き付けられ、自主学習に励んだ総司は更なる現実の厳しさに直面していた。


──学校……行かないとダメだな──


 試験範囲の内、授業を受けていた部分は何とかなりそうではあった。 しかし休んでる間の範囲は分からない点も多く、自主学習では無理があると、そう思わざるを得ない。 教師が示してくれるテストに出るポイントも分からないだけに尚更だ。 この上、試験までの間の授業も休んでいてはそれこそ赤点になることはほぼ確実だろう。

 渡部は勉強の遅れに対応するための準備をしてくれると言っていた。 要点をまとめたプリントでも用意してもらえるなら多少はましだが、各科目の担当教諭に分からない箇所を直接聞く方が分かりやすいだろう。


 出席日数の問題もある。 事件のことは学校に知られてはいない。 ここまで休んだことも、これから休むことも、特別な事情だと伝わっていないのだから救済措置も何もあるわけがない。

 つまり、学校に行かなければ留年の危険性が極めて高くなる最悪な状況だと、それを悟らざるを得なかった。

 

 そうして、昨日のことを思い出して憂鬱になりながらも総司は春と一緒に登校した。 始業寸前に着くようにしたのはできるだけ洋介たちと話をしたくないからだ。 昨日の理由の分からない苛立ちは収まってはいるが、何がきっかけで、いつまた湧き上がってくるか知れたものではない。 またああして関わろうとされたら尚更だ。

 教室に入るとすでに六人全員が揃っていた。 いつもギリギリに登校してくる紗奈もすでにきていて、しかし誰も、教室に入ってきた二人に目を向けなかった。

 前日と同じく──いや、それ以上に、わずらわしい六人の元友人に意識を向けるつもりはなかった総司だが、何の反応もされなかったことが意外すぎて逆に意識を向けていた。

 六人で話に夢中になってるわけでもない。 ただ黙って座っている。 それなのに、教室のドアが開いた音に目を向ける、そんな自然な反応も示さないのはあまりに不自然過ぎた。


 疑問に思いながら六人を見ると、男子三人が頭を丸めたのに続いて女子三人も髪を切っていた。

 由美と梨子は長かった髪をばっさりと、それこそ紗奈のようにショートボブにしていた。 紗奈に至っては元々短かった髪をベリーショートにしている。

 それが何を意図しているのか、理解をしても受け入れる気のない総司は無言で席に着く。


「お、おはよう、柴谷・・


 教科書を机にしまいながら、前の席からかけられた声に総司は動きを止めていた。

 相手にするつもりはなかった。 それはすでにはっきり言っている。 しかし、洋介の挨拶に感じた違和感には反応せざるを得なかった。

 顔を上げて見ると、洋介がどこかぎこちない笑みを浮かべながら窺うように総司を見ていた。 ぎこちなく感じるのはどこか不安そうな、落ち着かない内心を浮かべたその目のせいだろう。


「……おはよう」


 しばし考え込み、総司は挨拶を返す。 無視してもよかったが名前呼びから名字呼びに変わったことは少し気になり、どういう反応が返ってくるか──どういうつもりなのか探りを入れたくなった。

 総司の返答に、洋介はほっとしたような顔になるとそのまま前に向き直る。 その様子に、他の五人も口々に総司に名字呼びで挨拶をして、しかしそれ以上話しかけてきたりはしなかった。


 腫れ物に触れるようにされるなら分かる。 昨日と同じように訴えてくるのも、しつこいと思うが分からないでもない。 実際にしてきたら頭がおかしいのではないかと思うが。

 昨日の様子と、それに対する自分の態度から考えて、なぜこんな反応をされるのかが分からなかった。

 戸惑いながらも過度な干渉がないならいいかと、総司は気にするのをやめた。 仲直りなどとできもしないことを求められて不快にさせられることがないなら問題はない。


 その後も洋介たちの様子は変わらなかった。 授業中も休み時間も、特に総司に構おうとはせずに過ごしていた。

 昼休みには、男子三人は屋上に行く際に総司に声をかけてはきたが、断るとそれ以上食い下がることもなく姿を消した。 女子は春を囲んで食べていたが、総司に近くで食べることに軽く断りを入れただけで、それ以上話しかけてくることもなく過ごしていた。

 そうして迎えた放課後、渡部に呼ばれた総司は極めて困惑する羽目に陥った。



「準備はできてるな? 俺が監督するってことで夕方以降も使用許可は取ってあるからがんばれよ」


 放課後の図書室で渡部の話を聞きながら、しかし総司は渡部の方を見ていない。 これは一体どういう状況なのかと、頭の中で疑問符が躍り狂っていた。

 昨日の電話の件で放課後に職員室に呼ばれていた総司は、授業が終わると誰に構うことなく教室を出て職員室に向かった。 プリントか何かを渡されてそれで帰るのだろうと、そんな風に総司は予想していたが、渡部は総司がくるや否や『さあ、行くか』と何の説明もなしに職員室を出ていった。 仕方なしについて行くと、連れてこられたのは今いる図書室だ。


 春が隣にいる。 それは当たり前だからどうでもいい。 問題は図書室にいた先客で、渡部に何故かそいつらが座っている大きな机に案内されたことだ。

 その先客──言うまでもない、洋介たちを順に見やり、渡部に目を向けると総司は黙って手を上げる。


「どうした、柴谷?」

「……状況を説明してもらえませんか?」


 どういうつもりなのか、何となくは想像できる。 渡部の返事も実際、総司が想像した通りのものだった。


「まあ勉強会だな。 成績が心配なやつもいるから勉強会ついでにお前と戸倉に教えてやってくれって頼んだんだ」

「プリントでももらえるものと思ってたんですが──」

「先生って仕事も忙しくてな。 期末試験の準備もあるし他の先生方にお願いするのも難しいんだ。 だったら復習がてら、勉強会を開いて教え合うのが効率的だろ?」


 名案だろうと言いたげな渡部に、総司は渋面にならざるを得ない。 昨日、進路指導室ではっきりとではないが話している。 何となくでも心境は伝わっているだろうに、なぜこんなことをするのか。

 そんな総司の心情を感じたか、渡部はいつものようににやけた笑みを浮かべる。


「単なるクラスメート……なんだよな?」


『……単なるクラスメート以外の何でもないです』


 それは確かに昨日、自分が渡部に言った言葉だ。 その言葉を再確認するように──今の関係はそうなんだろうと念押しする渡部に洋介たちが微妙な表情を浮かべ、春が悲しそうな顔をする中、総司は言葉が見付からずに黙り込む。


「クラスメートであれば仲良しじゃなくても変に反目することもないし、こういう時には助け合うくらい普通だろ? 違うか?」


 渡部の言葉は間違ってはいない。 不用に干渉しないが学校の行事などでは接触もするし教師に頼まれてこういうことをすることもある。 単なるクラスメートであればその通りだろう。

 そしてそれを総司自身が、深い考えもなしに渡部に言った。 仲間ではないと、そう否定するために言ったつもりだ。 仲良くしたくない、関係したくない、ただ同じ教室にいるだけ、それだけの相手だと、そういうつもりだった。


 それが間違っていたわけではない。 何かしらのイベントがなければ、という前提条件があったことを忘れていて、そこを渡部に逆手に取られた──それだけのことだ。


「……どこまで聞いたんですか?」


 ここまでくればさすがに分かる。 名字で呼び、挨拶と最低限の言葉しかかけてこなかった洋介たちの態度は、まさに単なるクラスメートのそれだ。

 今の状況も含め、渡部が介入してきたことは間違いない。 それはつまり、洋介たちが渡部に例の事件について話したということなのだろう。

 話せはしないと、そう思っていた。 自分たちが何をしていたか、何をしてきたか、何を仕出かしたか──どれだけ馬鹿だったのかを言えはしないと。


 話をぼかして、自分たちが何をしたかは言わずに助力を頼んだかも知れない。 そんな思いから確認するように訊く総司に、渡部は少し気まずそうに苦笑して頭を掻きながらはっきりと、信じがたいことを口にした。

 

「ま、こいつらが嘘をついたり隠しごとしてないなら全部だな」

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