第41話 教師の助言

 しばし黙り込んだ総司が六人の顔を順に見る。 総司がどう思っているのか、それを理解することは洋介たちにはできない。 それでも、他人に話せるわけもない自分たちの過ちを話したことに驚いているのは想像ができた。

 総司の顔を見返しながら、六人は昨日の放課後のことを思い出す。



 放課後の校庭は静まり返っていた。 普通の高校ならあるべき部活に励む生徒たちが起こす喧騒も、人数の少ないこの高校には全くない。 団体競技の部活は一切なく、個人競技の部活も少人数で半分遊びのような感覚でしかやっていないのだから当然だ。

 一昔前のように校庭を走る生徒の姿などない寂しい校庭に目を向けて、渡部は渋面になりながら心を整理していた。 不用意に怒鳴り付けたくなるのをゆっくり一服しながら落ち着かせている。

 その後ろで、洋介たち六人は椅子に座って項垂れていた。


 教室を出ていった総司と春はそのまま戻ってこなかった。 鞄を持って出ていったのだから当たり前の話だ。


『お前ら……一体、何をやったんだ?』


 HRにきた渡部は総司と春が早退することを告げにきたと、渋い顔で話した後に洋介たちにゆっくりと、そう切り出した。

 進路指導室で話をした時は、総司も自分の話を少しは聞き入れた風だった。 その直後にいきなり帰るときたのだから何があったのかと思わない方がどうかしている。

 教師として放置していい状況ではない。 だらしない不良教師のようで、渡部は生徒のことを大事に思うし力になれるならなってやりたいと、そういう熱意をしっかりと持っていた。


 渡部は沈黙する六人を進路指導室に連れていった。 予備の椅子も出して六人を座らせると話すように促したが、誰も口を開こうとはしなかった。

 総司から少し聞いた話だけでも簡単に話せることでないのは分かっている。 だが、もう生徒たちだけで、当事者同士で解決できるような問題ではないだろう。


「柴谷から少しだけど聞いた。 あいつはお前らが話すのは構わないって言ってたぞ。 警察にも学校にも黙っててやるから何をやったのか聞かせてみろ」


 警察と言われて、総司が渡部に仄めかす程度にでも話したのは洋介たちも理解できた。 総司が話して構わないと言ったのも本当だろう。 みんな渡部のことは信頼していたし嘘はないと、それは分かったが、だからと言ってすぐに話す気にはならなかった。

 他人に話せるようなことではない。 それだけのことを自分たちはしてきたし、してしまった。

 どうしようかと、五人は目線を交わしていた。 渡部が心配してくれているのも、話せばきっと力になってくれるのも、それも分かってはいる。 しかし、やはり話すのは怖い。 自分たちがどれだけ馬鹿だったのかを思い知った今となってはなおさらだ。


「先生……」


 渡部も含め全員が沈黙する中、ぽつりと一人が声を上げていた。 一人だけ、みんなと目線を交わすこともなくうつ向いていた優太だ。


「俺たち……実は──」

「優太!」


 微かに震えながら話し始める優太を、洋介が慌てて制止する。 渡部に話すか、話すとしてもどう話すか、一度みんなで相談をしたい。 それもなしにいきなり話そうとする優太に動揺せずにいられなかった。


「だってさ……もう俺たちだけじゃどうにもできないだろ?」


 うつ向いたまま、優太は洋介の方を見ない。 その横顔が泣きそうに歪んでいるのを見て、洋介は何も言えなかった。


「俺さ……総司だって落ち着いてくれるし、俺たちが反省してるんだって……見てもらえれば仲直りできるって思ってたよ。 だけど……あんなのもう俺たちだけじゃ無理だろ……」


 洋介の家で総司の話を聞いた時、仲直りできる、できるようがんばろうと、そう声を上げたのは優太だ。 総司を傷付けて、仲直りが難しいことも分かってはいたが、一番楽観的だったのが優太だった。

 前向きだったと、そう言うこともできる。 しかし、結局のところは事態を軽く見ていたのだと、それを総司とのやり取りで突き付けられ、思い知らされ、無力感に陥っていた。

 

「こんな話……俺だってしたくないよ。 だけど本当に総司と仲直りしたいならさ……もう俺らだけで考えたって無理だよ……」


 だから話そうと、渡部に相談してみようと、そう力なく言う優太に全員が押し黙る。

 何が大事なことなのか──総司と仲直りすること、それ以外にない。 この上、他人に話したくないと言うのであれば、それは自分たちのしたこと、してきたことを隠して非難されるのを避け、そのままで許されたいという、そんな利己的で、自分勝手で、卑怯な感情でしかない。


 さっきと同じ過ちをまた繰り返すところだった。 何が大事なことなのか、それを見失っては叶うはずもない。

 そうして、彼らはようやく自分たちの罪を他人に話す決意を固めた。



 代表して洋介が話したことを頭の中で思い返しながら、渡部はまた電子タバコの蒸気を一吸いする。

 事情は分かった。 六人が後悔しているのも分かった。 総司がどんな心境でいるか、それもある程度理解できた。


──……許せるはずないよなぁ──


 昼休みに変なことを言わなくてよかったと、本当にそう思う。 事情を知らずに踏み込んだことも言えなかったがそれで正解だった。

 蒸気を吐き出すと渡部は窓の外の校庭から六人に向き直る。 全員が自分たちの罪と愚行を知られて、重苦しい顔でうつ向いていた。


「……そこの松山千春とサンプラザ中野と井出らっきょ」

「……誰ですか、それ?」


 松山千春は分かったものの他が分からず怪訝そうに聞き返す洋介に、渡部は世代の差を感じてため息を吐く。 ふざける場面でもないが冗談混じりにしないと怒鳴り付けてしまいそうだった。


「分からないなら小峠とくまだまさしとあばれるくんでもいい。 ちょっとこっちこい」


 スキンヘッドのことを言ってるのが分かり、男子三人は顔を見合せて立ち上がると渡部の前に並んで立つ。

 渡部は不安そうな三人の顔を順に見て──


「痛っ!」


 小気味のいい音が三連続で響き三人が頭を押さえてうずくまる。 


「体罰はよくはないんだが、とりあえずお前らはバカをやりすぎだ」


 髪のない綺麗な頭頂部を叩いた手を振りながら、渡部は女子三人に目を向ける。


「さすがに女には手を上げられないけど、本来ならお前らもこうされるべきなんだからな」

「……すいません」


 項垂れる女子を見て、渡部は椅子に座ると洋介たちにも椅子に戻るよう促す。 赤く手のひらの跡が付いた頭を撫でながら涙目で三人が椅子に座ると、渡部は期待するような目を向けてくる教え子たちに渋い顔を向ける。

 総司と仲直りをしたい──それが六人の希望だ。 何か助言をもらえないかと、そう期待して話してきたわけだが正直かなりの難題だ。 と言うよりも──


──まあ……普通に考えたら無理だな──


 それだけ総司を傷付けたのだ。 仲直り以前に総司に近付くべきではない。

 頑張れと自分が応援してああしたらどうか、こういうのはどうかと言うことはできる。 だが、それをしたら総司が苦しむことになるのは目に見えている。

 教育者として、教え子たちに示せる最善の言葉は罪の重さを抱えて、二度と過ちを犯さないように生きていけと、それしかない。

 渡部もそう言うつもりでいた。 しかし気になることもあり、何か他に示せる道があるのではないかと考える。


 教え子たちが総司と関係を修復したいと、そうして近付こうとするのは総司を苦しめる。 しかし、総司は春と一緒に暮らすことになったと、そう言っていた。 自分を一番苦しめる春をそばにいさせると。

 経緯は聞いた。 だからと言って到底納得できない、普通ならあり得ない、できるわけがない選択を総司はしている。 憎しみ、嫌悪、忌避感──傷付けられて悪感情しか抱けなくなった相手に対して、そんな選択は普通ならできないししようとも思わないだろう。


──……否定はしなかったんだよな──


 いい仲間だっただろうと、いい仲間に戻れるかも知れないと、そう言ったことに対して総司は否定しなかった。

 いい仲間と思ったのが間違いだったとも、いい仲間に戻りたいなどと思わないとも、総司は言わなかった。 そこまでの拒絶を見せることはなかった。

 許せなくて拒絶はして、それでも総司の中には仲間への気持ちが残っているのではないかと、渡部は確信までは持てなくてもそう感じた。

 そして、残っていたとしてなお、17才の子供が自分を傷付けた加害者を助けるために、自分が苦しむことを承知でそばにいることを許すのは異常だ。


──今さらと考えるか……これ以上と考えるか……──


 普通ならこれ以上と考える。 すでに苦しんでいる総司をこれ以上苦しめるべきでないと。

 計画しただけの六人、総司を押さえ付けた三人、実際に総司を辱しめた春──全員が共犯者であり、責任は全員にあるが、それでも総司の中で一番許せないのは春であって、この六人に対しては比較的に悪感情も軽いはずだ。 100点の春に対して90点台くらいの差でしかないとは思うが。


──戸倉をそばに置いてるなら……普通じゃないし今さら……か──


 総司のことを考えれば、総司が傷付くことを考えれば最初に考えたことが正解だ。 総司をこれ以上傷付けないよう、総司に関わらせない。 だが、総司は自分が一番傷付く道を選んでいる。

 ならばもう1つ、踏み込んだ道を示すのも間違いではないのかも知れない。 総司が教え子たちを許せるようになれば、それが総司にとっての救いの道になるかも知れない──奇しくも、渡部は智宏が春に期待したことと同じことを考えていた。


 どうするか──天井を見上げながら考え込む渡部を、洋介たちは無言で、期待を込めた目で見つめる。

 一分ほど経って、渡部は視線を六人に戻すとため息を吐きながら口を開いた。


「とりあえずだ、お前らは柴谷と友人になりたいなんて考えるな」

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