第36話 衝撃の告白

 春の話を聞いて、六人は衝撃とあまりの意外さに言葉が出なかった。

 春が自殺しようと、はっきり意識してでなくてもそうしていたことも、春が総司と一緒に暮らすようになったことも、想像していなかった。 春の自殺未遂は想像して然るべきことだったのにだ。

 それくらいに傷付いたことも、苦しんでいることも、分からないはずはなかった。 なのに、仲間との断絶を覚悟していても、やり直せることへの期待も捨てられなかった六人は死という取り返しの付かない断絶の可能性から目を逸らしていた。

 それを直視していたらもっと早くに動けていた。 男子は無理でも女子なら春に会わせてもらえたかも知れなかった。 それができずに、春と本当に取り返しの付かない別れをしていたかも知れないことに、身震いするほどの恐怖と後悔を感じていた。


『バカな真似はしない……約束だよ?』


 桜の言葉が全員の頭に甦る。 あれはそういうことだったんだと、今更ながらに理解させられた。

 春がそこまで苦しんでいた。──その原因は自分たちだと、男子はまた自分たちの犯した罪を噛み締める。 何度も噛み締めさせられ、その苦さを分かったつもりでも、決して尽きることのない罪の味にただただ後悔が深まっていく。


「本当に……ごめん、春」


 桜と会った日、本当に自分たちの罪の重さを噛み締めたと思った日のそれさえまだ軽かった。 ようやく本当の意味で理解した罪の重さを軽くなった頭に込めて、洋介たちは春に頭を下げていた。

 春はそんな洋介たちにうつ向いたまま首を横に振る。


「嫌々してたんじゃないから……あたしが悪いの……」


 由美や梨子と同じだ。 春も自分がつらくてもそれは自分の責任だと、そう受け止めている。 責任を押し付けようなどとは誰も、少しも思わなかった。 それくらいに大事な仲間で、だからこそしていた行為で仲間が全員苦しんでいるのは皮肉としか言いようがない。


「あたしが悪いの……ちゃんと総司くんのこと見て……あの時やめてたら……そうしたらみんな……こんなことにならなかったのに……」


 自分のせいでみんなが大変なことになった──春もまた、仲間に対する負い目を感じていた。 何も考えていなかった自分の愚かさに、その後悔に春の目に涙が滲む。


「総司くんのこと……好きなのにちゃんと見てなくて……ちゃんと見ないで好きなんて……おかしいよね……」


 好きなのに相手を見ていなかった──好きだから総司に喜んでほしいと、そう思っていたのに、そのはずなのに、総司が喜ぶと勝手に思い込んであんなことをしてしまった。 好きなのに相手のことを想う・・ばかりで、思う・・ことができなかった。

 恋をしていた。 『恋』であって、『い』であって、総司をほしいと、総司に求められたいと、そんな気持ちの方が強かった。 自分のことしか見えていなかった。

 自分が一番馬鹿で、そのせいで総司を傷付けて何もかもを滅茶苦茶にしてしまった。 春にはそんな罪悪感があった。

 みんな、ごめんねと、春はうつ向き謝る。


「違うよ、春」


 自分が全部悪いとうつ向いて震える春を背後から抱き締める梨子の腕に、自然と力が込められていた。 全て自分のせいだと抱え込み、その罪の意識に幼子のように震える春をそのままにはできず、はっきりと否定する。


「春だけじゃないよ……あたしたちみんなバカで……みんなが悪かったんだよ」


 何度も話したこと。 誰かのせいではない。 全員の罪で、それが今、春一人に重くのしかかっていることに対して、梨子たちは負い目を感じていた。


「あたしだってさ……総司くんのこと好きで……多分あんたと同じことやってたもん」


 由美だったらひょっとして違ったかも知れない。 みんなですることを当たり前のこととしないで、仲間の外にいた時期があった由美なら、総司の様子に止めていたかも知れない。 だが、あの時に由美が行く選択肢はなかったし、由美だって事前に気付いて止めたりはしなかった。

 そして、自分だったら春と同じことをしていたと、梨子はそう思っていた。

 総司を傷付けてしまったのも、汚いと罵られるようなことをしてしまったのも、その責任は全員のもので、誰かのものではない。 春一人のものでは決してない。


「みんなでさ、総司くんと仲直りできるようにがんばろ? みんな・・・でだよ?」


 梨子の言葉に、春はしばらく言葉が出なかった。

 自分が悪い。──総司のこともそうだ。 自分のせいで苦しめている。 そんな罪悪感に梨子の言葉が、一人じゃないんだと春に言い聞かせる想いが、優しく染み込んで言葉が出なかった。

 総司の傷を癒す力になるよう、智宏には励まされた。 それができれば総司のそばで総司を苦しめなくても済むようになるかも知れない。

 そうしたら総司と仲直りできるのだろうか。 女の子としては見てもらえなくても、友人には戻れるのか。

 戻れる自信はない。 でもそうなりたいと、春はその気持ちを込めて静かに頷いていた。


「ところでさ……総司ってその……どうなんだ?」


 しばらくの沈黙の後、洋介が思い切って口を開いた。

 最初のタイミングを逃して声をかけづらくなってしまい、休み時間もちらちらと総司の様子を窺うくらいしかできなかった。

 総司は横にいる春も、洋介たちのことも一切気にしないで無言で本を読んでいた。 露骨に『話しかけるな』とオーラが出ていて、それがまた一層、洋介たちが口を開くのを許さなかった。


 春と一緒に暮らすようになったと、ただし春のことは無視すると、それは聞いたが色々と納得がいかない。 総司の心境に多少でも変化がない限り、そんなことを受け入れられるとは到底思えなかった。

 春と一緒にいて総司はどんな様子なのか、それを問う洋介に春はゆるゆると首を振る。


「総司くん……あたしのことは無視してるから……何度か思い出して吐いたりしてるし……」


 総司を苦しめている。 それが何も変わらないことを意識して、春の顔がまた暗くなる。


「全然話さないの?」

「あたしのことはいないと思うって……総司くん……あたしがそばにいるの嫌なんだから……当たり前だよ」


 何も変わっていないと、それを聞いて何人かはため息を吐いていた。 仲直りは難しそうだと、少なくとも相当な時間が必要だと感じてしまう。

 特に、洋介と由美の二人はお前らと関わりたくないと、総司の拒絶の言葉を直接聞いているだけにその思いはより強い。


「でもさ、総司くん、本当に春ちゃんのこと、意識もしてないわけじゃないよね?」


 揃ってため息を吐く中、紗奈がふとした疑問を口にする。


「いや、いないと思うって言ったってそりゃ意識くらいはするだろ」

「だよね。 じゃあさ、総司くんって何で学校にきたんだろ? 『落ち着いたら学校にくる』って言ってたのに、春ちゃんのこと意識してたら落ち着かないよね?」


 紗奈が上げた疑問に、全員が顔を見合わせる。 春も初めて気付いたと言うように呆けた顔で紗奈を見ていた。


「土曜日に春ちゃんと暮らすようになってさ、今日きたのって無関係とは思えないし……何かなかった? 春ちゃんのこと意識してても嫌そうにしてなくてさ、少しでも許してもらえたとか何か認めてもらえたって、そう思えるようなこと」


 それが総司と仲直りする手がかりにならないかと、期待するように聞いてくる紗奈に、春はこの二日間のことを思い返す。 しかし、総司には徹底的に無視され、意識されていると感じることすらほとんどない。 家事をして、後は総司のそばにいる、ただそれだけだ。


「総司くん……あたしのことを意識してる時もあまりないと思う。 許してもらえるようなことなんて何もしてないし……」


 紗奈の期待するようなことがあったとは思えない。 悲しそうに首を振って否定する春に、それでも紗奈はまだ食い下がる。


「だけど実際に総司くんは学校にきてるんだよ? 春ちゃんが気付いてないだけで総司くんは何か感じてくれたのかも知れないし……総司くんが春ちゃんのことを一番強く意識してる時って何してた?」


 総司が春を一番強く意識した時──そう言われて春が顔を真っ赤に染める。 考える必要すらなく、頭に思い浮かぶのはあのことだ。

 その反応に六人全員が身を乗り出し春に詰め寄っていた。 総司と仲直りするのにどうすればいいか、切実に知りたい思いがそうさせていた。


「何かあるの?」

「あの……そのね? 総司くんがあたしのこと強く意識してたことは……あるんだけど……それは総司くんも嫌なことのはずだから……」

「分かんないよ? 総司くんが本当はどう思ってたかなんて……散々言われたんだから」


 総司にそう言ってどれだけ罵られたか、紗奈よりも春の方が身に沁みている。 総司の様子はどうだったか──無言なのも不機嫌そうにしているのも何も変わらなかった。 だが、春の裸を見たのに吐いたりしなかったのも確かだ。

 総司がそれを喜んでいたことは絶対にない。 あるはずがない。 そうは思っても総司の気持ちを分からずにしたことでこうなったのも確かで、紗奈に言われて悲しい自信も揺らいでしまう。


「ね? 何があったのか聞かせて」


 話していいことなのか、若干の躊躇いはある。 これを話して変な勘違いがあればまたあの時の二の舞にならないかと。 だが、不思議に思っていたことでもあって、それがひょっとすると分かるかも知れない──そんな期待に、春は顔を赤らめながらうつ向き、躊躇いがちに口を開いていた。


「その……ね……一緒に……お風呂……入ってる時に……その……」


 数秒──と言うには長い時間、六人はあまりの衝撃に思考停止していた。

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