第25話 愚行の報い

 週が明けて登校した洋介たちは、思わず悄然としてしまった。 分かってはいたつもりだが、元から少なかった人数が半分になった教室のその悄然とした様は全員をそうさせるに足るだけのものがあった。

 HRに現れた担任も、教室の様子にため息を吐くと五人がしばらく学校を休むと連絡があったことを伝えてきた。


『何かあったのか?』


 30半ばの無精髭を生やしただらしない担任は、割とフランクに接してくれる生徒から見ると気安い教師だ。 一度にこんなに大勢が休むことになって、自分たちのことを心配してくれてるのはよく分かった。

 それでも、何があったかなど言えるわけもなく、洋介たちは曖昧に答えて誤魔化した。


『まあよくは分からんが……相談があるならいつでも言ってこいよ?』


 重大なことがあったのを察してくれたか、深くは聞かずにそう言ってくれたのは本当にありがたかった。

 物寂しい状況は何も変わることなく、洋介たちは毎日、寂しい教室で授業を受けては家に帰る、ただそれだけの日を過ごした。

 学校では休み時間ごとに色々話す。 総司がきたらどうするか、春や彰、文彦に信雄はどうしているか、話題はそんなことばかりだ。

 放課後に遊ぼうなんて話にもならない。 楽しく遊べる気は全くしなかったし、家で楽器を弾いたり、一人でゲームをしたり、本を読んだり、誰も何も楽しめなかった。

 あまりにも状況が変わりすぎた。 総司に許されないと、償わないと進めない。──そんなことを噛み締める日が続いた。


 落ち着いたら学校に行く──そう言っていた総司は結局、土曜になっても学校にこなかった。

 半分の仲間で過ごす一週間が過ぎ、土曜の授業が終わると洋介たちは全員で彰たち四人の家を回ることにした。

 会えるとは思っていない。 追い返されてもおかしくないと、それは分かっている。 それでも、親にもちゃんと謝って、少しでも様子を聞けたらと、そう思って行った友人たちの家で洋介と由美は改めて、そしてあの場にいなかった四人は本当の意味では初めて、自分たちの馬鹿さ加減を思い知ることになった。



 彰の家も、文彦の家も、信雄の家も、母親が出てきてはくれたものの、その態度には洋介たちにいい感情を抱いていないことが、お調子者の優太にも分かるくらいにはっきりと表れていた。

 女子に対しては自分の息子をたぶらかしたふしだらな娘という思いと、自分の息子たちが悪いことをしたという思いとが入り交じり複雑そうだが、洋介たちに対しては馬鹿な真似を止めもせずに一緒にやっていたことへの不快感しかなかった。

 必死に謝り、自分たちがおかしかったことを十分に分かったと、もう二度としないと、そう伝えはしたもののそれをそのまま信用してもらえるはずもなかった。


 付き合いの長い仲間だ。 当然、家には何度も遊びに行ってるし母親たちとは何度も顔を合わせている。 昔から知っている相手に残念そうに、失望したようにため息を吐かれたのは本当に堪えた。

 特に彰の母親に言われた、何度もうちでそういうことをしていたのか、という詰問は胸に刺さった。 今回の場所に使われたことから彰の母親の不快感は大きなものだった。

 そうと知っていたらうちにこさせなかった、恥を知りなさい、二度とうちにくるな──そうした言葉に何も言えなかった。 共働きの彰の家をみんなでする時によく使っていたのは紛れもない事実だ。


 学校に戻ったとして以前のようには付き合わせないと、それを改めて言われ何も聞けないままに友人の家を離れる六人の心中は、仲直りを無駄だと否定した総司の言葉は、もう総司のそれだけではないのだということを思い知らされた苦さでいっぱいだった。

 彰、文彦、信雄と順に家を回り、一番遠い春の家に最後に向かう。 ここまでで自分たちがどう思われているか思い知った。 だからこそ、これから春の母親と話すことを考えると男子三人の気の重さはこれまでの比ではない。

 娘を汚した男が何人もきて、それに向けられる悪感情はあの日に洋介が向けられたそれくらいで済むはずもないだろう。 彰の母親よりもきつい対応をされるのは間違いないと、みんなそう思っていた。


 土下座して謝ろう──そう思いながらインターホンを鳴らし、しかし誰も出てこなかった。 母親は買い物か何かに出て、春は部屋から出ないようきつく言われているのだろうか──そう思い、洋介も賢也も優太も、内心でほっとしていた。

 洋介は一度向けられて覚悟はできていたが、それでも彰たち三人の母親から受けた対応はキツかった。 そこまで覚悟ができてなかった賢也と優太はなおさらだ。

 この上、春の母親と会うのは本当につらかった。 春のことは心配だが、それでもその気持ちは抑えられなかった。


 仕方ないから帰ろうと六人は自転車に乗り、しばし走ったところで洋介が一軒の家の前で自転車を止めた。 それに気付き他のみんなも止まり、どうしたのかと目で問いかける。

 由美は当然気付いていた。


「総司の家……ここなんだ」


 四人は改めてその家を見る。 春と近所というのは当然知っていたが、片付けの済んでいない総司の家にはまだ誰も遊びに来たことがなかった。 こうも突然、総司の家がここだと知らされ、全員が困惑していた。

 総司がここにいる。──四人が最後に会った総司とは違う、自分たちに嫌悪感を抱いている総司がだ。


「……総司くんにも会ってく?」


 梨子が不安そうにみんなに尋ねる。

 謝りたい。 謝らなくてはいけない。──それなのに総司に会うのが怖い。 ボイスレコーダーで聞いてはいたが、総司の嫌悪感を直接ぶつけられるのは梨子にとっては怖くて堪らなかった。

 それは他のみんなも同じだ。 総司が学校にくれば、遅かれ早かれそうなるのは変わらない。 謝ってやり直せるようがんばろうと、それも決めていた。 それでも、総司が学校にこれるようになるまで落ち着くのを待ちたいと、そんな気持ちはやはりあった。


 誰かが決めてくれないかと、互いに顔を見合わせながら様子を窺い合う。 総司に会うにせよ会わないにせよ、答えを出したい人間は一人もいなかった。

 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。 総司の罵倒をすでに受けている洋介と由美がどうしようか考え込み──不意に響いた扉が開く音に全員が慌てて柴谷家の玄関を見る。

 全員の心臓が跳ね上がった。 覚悟もできていないまま、突然総司と向かい合うことになるのかと、その緊張に震える洋介たちの目に玄関から出てくる人影が映った。

 そこにいたのは総司でも智宏でもなかった。 柴谷家から出てきたのは意外な、本当になぜこの人がここにと、そう思わざるを得ないような人物だった。


──先ほど訪ねて不在だった、春の母親の姿がそこにあった。

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