第24話 愚行の代償

 洋介の家の地下倉の中、集まった6人は全員が沈黙していた。 洋介と賢也と総司の三人で、爆音を響かせながらの演奏を楽しんだ空間はその名残もなくただただ静かだった。

 彼らの前にはボイスレコーダーが置かれている。 総司の話を聞いて間違いのないようにみんなに伝えるために、洋介が用意していたものだ。

 夕べの総司の話の内容は全て録音してあった。 それを今、全員に聞かせた。 覚悟して聞くようにと前置きはしたが、それでも当然、全員のショックは大きい。


「……ここまで言うかよ」


 総司の言葉の数々を聞き終えて賢也が呆然と呟く。 優太もショックを受けて言葉も出ない。 梨子も紗奈も、春と由美に言われたことはそのまま自分たちにも向けられているのだと、声もなくうつ向いている。 夕べの洋介たちとそれは何も変わらない。


「ここまで言われるようなことを俺たちはしてたし……ここまで言わせるようなことを俺たちはしちまったってことだよな」


 昨日の総司の様子を思い出し、洋介は腹の底から重いものを吐き出すような深いため息を吐く。


「仲間のつもりだったんだけどな……」

「総司くんもそのつもりでいてくれたんだよ……嫌な思いをしたのに春たちにひどいことを言わないようにしてくれるくらいに……」

「俺たちが間違ってたのかな……」


 自分たちが間違っていたとは思いたくない。 しかし、ここまで言うかと思い、それを思わず口に出した賢也でも総司の言葉を否定はできなかった。


「総司の言う通りだよ。 おかしなことに慣れて麻痺して、端から見たらどう思われるか分からなくなってた……バカだよな、俺たち……」


 洋介は総司の家を出る時のことを思い出し、自分たちの馬鹿さ加減を噛み締める。

 親に連れられて行く彰たちに声をかけようとして向けられた親の目──自分たちの子供と恥知らずな真似をしていた悪い意味での仲間に、好意的な目を向けられるわけがなかった。

 何度か会ったことのあるそれぞれの母親たちの目は、総司から向けられたものと変わらない、汚いものを見るようなものだった。

 中でも春の母親の睨み付けるような視線は一番堪えた。 春の母からすれば、娘も馬鹿なことをしたと分かってはいても、洋介たちはそれをいいことに娘を都合よくオモチャにして汚した屑と、そう思わざるを得ない。


 そんな思いを隠そうともせずに睨まれて、洋介は改めて、総司が言っていたことは総司だけが感じることじゃないんだと、自分たちが本当に馬鹿だったんだと思い知らされた。

 罵られることはなかった。 さすがに自分たちの子供は馬鹿な仲間に巻き込まれた被害者などと、思いたくても思えなかったのだろう。


──金輪際うちの子とは関わらないでほしい──


 言われたのはただその一言──それに全てが込められていた。

 彰や春たちとはもう以前のようにはなれない。 それどころか会うことも、連絡を取ることすら二度とできないかも知れない。 仲間との突然の断絶は高校生には重く、それを招いたのが自分たちである事実がただただ悔やまれた。


「あいつらが馬鹿なことしなけりゃ……」


 彰たちがあんなことをしなければ、総司を押さえ付けて無理矢理なんてしなければ、そんな気持ちを思わず溢す賢也に洋介が首を振る。


「誰だって同じだったろ。 俺たちは楽しんでるんだから総司も喜ぶって思い込んでたんだ……総司が俺たちと仲間でいたいって……それで本気で抵抗できなかったんなら俺だってあいつらと同じことしてた」

「……そうだな」


 彰たちだけが悪いんじゃない──そう言う洋介に賢也も頷くしかなかった。

 そのまま、しばらく沈黙が流れる。 総司のことが分かったところで、これからどうすればいいのかなど分かるはずもなく、ただ過去を悔いるしかできなかった。


「総司くんのこと……よく見なきゃいけなかったんだね」


 まだうつ向いたままの梨子の横で、紗奈がぽつりと呟く。 ここに集まってる中で一番ショックを受けてるのは梨子だ。 それと比べると紗奈はショックは小さい。

 元々、紗奈は性的なことに興味が強くて積極的だ。 キスや口での行為は他の三人が好きな相手とだけ、としていたので合わせていたのと、実際にはそこから病気の危険性もあるから仲間に迷惑をかけないようにとの気遣いでしなかったが、機会があればしてみたいと思っていた。

 複数でしていたのを頭がおかしいと罵られたのはさすがに堪えたが、色んな相手とセックスすることを悪いと受け止めてはいない。 総司はそんな相手はごめんと言っていたが、総司に行為を迫るのでなければ好きな相手ができた時にどうこうというのは自己責任だろうと、そう思っていた。

 そんな紗奈だから、少しだけ冷静に声を上げることができた。


「……そうだな。 もっとよく見て総司のことをちゃんと理解してから──」

「それもあるんだけど、そうじゃなくて……考えてみれば総司くんは最初から言ってたんだよ。 ちゃんと見てれば総司くんがそういうのは好きじゃないって分かったのになって」

「何のことだ?」

「総司くんが転校してきた日のこと、思い出してよ。 春ちゃんと文彦くんがし始めた時のこと」


 それは屋上での出来事で、総司が屋上から出ていった時のことだ。 総司が童貞らしい話をしていたのは全員がすぐに思い出していた。 他に何か言ってただろうか。──思い出そうと頭を捻るが誰も思い付かなかった。


「梨子ちゃんが東京はもっとすごいんでしょ?って聞いててさ、総司くん、こう答えてたよ? 援交とか大学のサークルとか『頭のおかしいやつらの問題はある』って」


 言われて全員が思い出した。 総司は確かにそう言っていた。 全員がはっとした顔になる。


「あたしたちに思ってたことじゃなくてもさ、総司くんがそういうことをよく思ってないのははっきり言ってたんだよ。 ちゃんと総司くんを見てれば気付けたのにって……」


 紗奈の指摘に洋介たちも遅まきながら気付いた。 あの時、ただ一度だけ、総司が自分の価値観を漏らしていたんだと。 それに気付いていれば総司を誘う前に確認しようと、そういう話になっていたかも知れない。

 なのにだ、その直後に自分たちは総司を誘うことを話していた。 新しい仲間を歓迎したい──その気持ちでいっぱいで、総司のことが見えていなかった。

 紗奈の言う通りだ。 自分たちは何も見えていなかった。 自分たちのことも含めて、何も見えていなかった。

 過ぎたことを思い返すほどに、誰も何も言えなくなる。 なかったことにはならないんだと、ため息しか出てこない。


「ショック……だよね」


 うつ向いていた梨子がポツリと呟く。 うつ向いたまま顔も見せないその姿に、洋介と由美は夕べの春の姿が重なって思い出された。


「総司くんに嫌われたのもだけど……最初からあたしも春も……総司くんに好きになんかなってもらえなかったんだね……」

「梨子……」


 ボイスレコーダーから流れた総司の言葉が梨子の頭を過る。 そのどれを思い返しても、総司にとって自分がいかに嫌悪の対象でしかないか、思い知る他ないものだ。


「そりゃあたしはさ、総司くんじゃなきゃダメってわけでもなくて、でもかっこよかったし……春から聞いた話とかもあってさ……結構好きだったし……本気だったんだけどな……」

「……ごめんな」


 梨子としていたのは洋介と賢也だ。 別に無理強いしていたわけでもないが、自分たちの馬鹿さ加減が梨子をそうさせてしまったと、二人とも申し訳ない気持ちで謝っていた。

 梨子はそんな二人に自嘲するように首を振る。


「あたしも楽しんでたから……あたしもバカだった……春の方が心配だよ……」


 うつ向いて涙を堪える梨子から出た名前に、全員が春のことを思い浮かべる。

 春は総司の一番近くで、一番長い時間を過ごして、総司のことを一番知っていた。 それに、春は誰にも許さなかったキスを総司に捧げている。 服を脱ぐのを恥ずかしがったり、コンドームを使わないことも躊躇わなかったり──春が総司を本気で好きになっていたのはみんな分かっていた。

 そして、そんな春が総司にとって最も嫌悪する対象として扱われている。 梨子と違って男子全員としていたし、何よりも総司を辱しめた一番の加害者だ。

 連絡も取れない春が大丈夫なのか、心配で堪らない。


「あたしたち……どうすればいいんだろうね?」

「春たちには連絡も取れないし……行っても会わせてもらえないだろうしな」


 親の監視はあるし何かしたくてもどうにもできない。 できるわけがない。 ただ諦める他ないと、覚悟したくない仲間との別れを覚悟して全員がうつ向く。


「……総司は学校にくるんだよな?」

「落ち着いたらくるとは言ってた。 だけど──」


 関わるな、いないものとしろ──総司からは拒絶されている。 せめて総司とは仲直りしたいと思うがそれは無駄だと、はっきり言われているのだ。

 総司のこともどうしようもない。 そう項垂れる洋介と由美の前で、優太が突然立ち上がり声を張り上げる。


「だけどさ! 何とか許してもらうしかないだろ!? 許してもらえるようがんばって、俺たちだってちゃんと反省したって、分かってもらえるまで何度だって話して謝って! このままでいいわけないだろ!?」

「そうだな……」


 立ち上がって熱弁する優太に賢也が同意し、梨子と紗奈も自信はなさそうだが頷く。


「もう二度としないって、それでまたやり直したいって、そこから始めないとな」

「春のことも、彰たちのことも……許してもらえるようにがんばろうぜ! 総司だって時間が経てば少しは落ち着いてくれるよ!」


 洋介も由美も、できればそうしたいと思う。 しかし、総司の話を直接聞いていた二人には無理としか思えなかった。

 それでも、優太の楽観的とも言える言葉に頷くしかなかった。 もうこれ以上仲間を失わないようにする。──そのためにできることはそれしかなかった。

 総司がいつから学校にくるかは分からない。 だがいずれ、その時ははやってくる。 それぞれに総司と仲直りをするためにどうすればいいか考えておこうと、そう話して解散になった。

 そのまま遊ぶ気には誰もなれなかった。 これが今週の初めだったらそのまま、前のように全員でしていただろう。 しかしもう、誰もそんな気にはならなくなっていた。

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