第12話 勘違い、すれ違い

 密着してきた春は総司の腕に胸を押し当てるようにしていて、その少女らしい張りを感じさせる柔らかさに緊張で身が強ばるのを総司は感じた。 意識しないよう無意識に避けていたのか、恋愛や性の対象として意識しなかった春が思いの外、豊かな胸の持ち主だったことに初めて意識が向く。

 今まで、春とは毎日、一緒の時間を過ごしていた。 その中でも経験がないくらいに密着していて、ほんのりと香る体臭が鼻孔をくすぐる。


 汗はかいているはずなのに汗くさいとは感じない。 どこか甘くいい匂いだと思う。 しかし興奮はない。 総司にとって春はそういう対象になり得なかった。 友人としては好ましく思っているが、性の対象として見るならそこにあるのははっきり言ってしまえば嫌悪感だ。


 立っている時より大分差は縮まったものの、それでもこちらを見上げるように上目遣いで見る春の表情は、いつもの天真爛漫なそれとは違っていた。 情欲にか、あるいは別の感情にか、蕩けた表情を浮かべながら潤んだ目で総司を見ている。


「もう分かっただろうけどさ、俺たち仲間内でまあこういうことしてんだけど総司だけ仲間はずれとかしたくないし。 みんな総司にも一緒に楽しんでもらいたいって思ってんだ」

「だから今日は春と思い切り……な?」

「春も総司とするの楽しみにしてたしね。 春がそんな顔してるの初めて見るよ」


 本当に仲間として迎え入れてくれている──それなのに全く受け入れられない気持ちに、総司は頭を抱える。 受け入れれば仲間として楽しくやっていけるのは確かだ。 しかしその選択肢はあり得ない。

 結局、総司はやんわり断り逃げることを選んだ。


「いや……気持ちはうれしいんだけどさ……そういうのは遠慮しておくよ」


 春の肩に手をやって密着してた体を離し、文彦の腕もそっとはずして立ち上がる──つもりだった。 しかしそれは彰に肩を押さえられて叶わなかった。


「んな構えるなって。 初めてで緊張すんのも分かるけどよ」

「いや、そうじゃなくて……ほんとそういうのはいいからさ。 俺は帰るから後はみんなで──」

「そう恥ずかしがることないよ。 別に初めてだからって笑ったりしないから。 文彦の方が早いだろうし」

「余計なこと言ってんな、信雄。 確かにそうだけどよ」


 このふざけた会話も、総司の緊張をほぐそうという心遣いだと、それが分かるから総司はきつく出れなかった。


「えいっ♪」

「うわっ!?」


 総司が逡巡していると突然、春が飛び付いてきた。 体格差があるから本来なら多少勢いが付いていても問題なく受け止められた。 しかし、立ち上がりかけを押さえられて不安定な体勢の総司は春を受け止めることができず、そのまま背後の布団に倒れ込む。


「ちょっと……危ないよ、春ちゃ──」


 衝撃につぶっていた目を開けると、倒れた自分の上に馬乗りになった春の姿が目に飛び込んできた。 頬を上気させて総司を見ながら、春は首元に手をやりスカーフをゆっくりほどく。 その様に、総司はこれ以上は本当にまずいと思った。

 慌てて春を押し退けようとしたが、そうするよりも早く、両手が頭の上で押さえ付けられる。


「彰っ!」

「大丈夫だって。 春に任せとけばいいからよ」


 結構強めに言ったつもりの総司だが、彰はまだ総司が初めてで恥ずかしがっているだけとしか思わなかった。 可愛い女の子とセックスできるのを嫌がるわけがないという思い込みが強すぎた。

 総司も身長がある分、体格的には恵まれていると言えるが、インドア派の総司はあまり力が強くはない。 筋トレで鍛えている彰からすれば、体重を使っての力比べならともかく、この状況での総司の抵抗は大したことはなかった。 この期に及んでまだ強く出るのを躊躇う総司が本気で抵抗しきれなかったのもある。


 総司の意識が押さえ付けられた手に向いていると、今度は両脚に重みがかかかる。 見ると下腹の辺りに座る春の背後に文彦と信雄が見えた。 二人が総司の脚に座り、総司の抵抗は三人がかりで押さえられてしまった。


「だから……これはちょっと──」

「大丈夫だよ、総司くん……あたしに任せて」


 セーラー服の前を開けた春がそのまま脱ごうと上着に手をかけるのを見て、総司は一種のパニック状態になる。 この状況から逃げたいのに仲間との絶縁も避けたくて身動きが取れない、そんな状況に追い込まれていた。

 そんな総司の目の前で、上着に手をかけた春がふと手を止めた。 戸惑ったように不思議そうな顔をする。


「えっと……あれ? えーと……あはは……」

「どうした、春?」


 様子のおかしい春に彰が聞くと、春は顔を赤らめる。


「あのね……その……何か恥ずかしくなっちゃって……このままでごめんね」

「春ちゃん……恥ずかしいならこういうのは──ムグッ!」


 なぜか唐突に服を脱ぐのを恥ずかしがり始めた春にやめるように言おうとしたところで、総司の口は春に塞がれていた。 何が起きたのか理解できなかった総司は、心なしか勢いを付けるように唇を重ねてきた春がそのまま舌を差し込んでくるのを拒むこともできなかった。 春がキスしたのを見て、彰たちが驚いていることにも気付く余裕などない。


 前の彼女とキスの経験はあってもここまで濃厚なキスは初めての総司には、春の舌の動きがどこかぎこちないことは分からなかった。 拒まないと、そう思う気持ちと、首を振って拒むのは危ないのではないかと、まだ残っていた相手を気遣う心との間でどうすることもできず、ただされるがままだ。


 それでも春の舌を追い出さないとと、思うよりも早く、総司は反射的に舌を押し付けていた。 それが無意味なことと考える余裕もなく、ぎこちなく動く春の舌を追いかけては押し出そうと押し付け、当然のように滑った舌が春の口へと潜り込む。 結果として、総司が春を求めて舌を絡ませているようになってしまい、春の気持ちを一層昂らせてキスも激しくなる悪循環に陥っていた。


 春は昂りのまま初めてのキス・・・・・・に夢中になり、総司と貪るようなキスを止むことなく続ける。 ようやく唇を離した頃には総司はぐったりしていた。 酸欠と、精神的な焦りと勝手に速くなっていた鼓動、そして慣れない舌の動きを必死で続けたため、激しく疲弊して息を荒くしている。

 頬を染めた春のその顔は照れと嬉しさとで笑み崩れていた。


「へへっ……総司くんに初めてあげちゃった♪」


 疲れきった総司は春の言葉をぼんやりとしか聞いていなかった。 それを問い質す思考も湧かずにぐったりしていると、股間に違和感を感じ意識がはっきりする。


「春ちゃん!?」

「んー……元気ないね、総司くん。 緊張してる?」


 ズボンの上から触りながら春が不思議そうに尋ねる。 あれだけ濃厚なキスをして、性欲旺盛な高校生なら普通に興奮して反応するのが当たり前だろう。 だが、総司はそんな意識はなく、ただ逃れないと、と抵抗していただけだ。 反応なんかするわけがなかった。


「春ちゃん……お願いだから──」

「うん……元気にしてあげるね」

「そうじゃ──んむっ!」


 言いかけの言葉を勘違いされ、否定しようとした言葉は再度、春に唇を塞がれて伝えられず、総司はまた抵抗できなくなる。 総司の上に座っていた春が総司の横に寄り添うように移動し、キスをしながら慣れた手つきで撫で回す。

 春の手がズボンの上から優しく撫でてくる感触に、いくら頭で拒否したところで総司も反応してしまう。 精神的な刺激ならともかく肉体的な刺激だ。 相手がどうとか関係なしに、それこそ男が相手であっても反応はしてしまっただろう。


 総司がどうすることもできずにいると、春の手がベルトにかけられる。 暴れて抵抗しようにも手足はがっちり押さえ付けられているし、春が舌を入れてきているから傷付ける心配があってどうにもならない。 塞がれた口から言葉にならない抗議の声を上げるのが精一杯だ。


 春は総司の意思に気付かず、ベルトをはずすとジッパーを下ろす。 そうしてトランクスに手をかけると愛しいものを扱うような優しい手付きで総司の昂ったそれを取り出した。

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